「今日行き」第四話:時計塔
町の中央に、大きな時計塔があった。近づいて見上げる。文字盤に数字はなかった。人の名前が並んでいる。
見覚えのない名前。古い名前。知らない名前。そして――自分の名前。
最後の一文字だけ、空白だった。
「これは……」後ろから女主人が来た。「まだ書かれていないんです」
「なぜ?」「まだ、ここにいるからです」男は時計塔を見上げた。
「俺は、いつまでここにいるんですか」「さあ」「帰れるんですか」「帰りたいですか?」男は答えなかった。女主人も、それ以上は聞かなかった。
その夜。女主人は、男に一枚の切符を渡した。列車の切符だった。
行き先には、――今日行き。と印刷されている。
「これに乗れば?」「町を出られます」「町を出て、どこへ行ける?」
「あなたの時間へ」
駅には二本の線路があった。やがて列車が来た。
一台は黒かった。窓はすべて塞がれている。もう一台は、古びた列車だった。傷だらけの車体。窓から、淡い朝の光が差し込んでいる。
まだ夜なのに、あちらだけ朝だった。
「どちらに乗ればいい?」男が聞いた。女主人は答えなかった。
「あなたなら?」「私は、ここに住んでいますから」
男は切符を握った。右手の中で、紙が少し湿った。
(第五話へ続く)
いいなと思ったら応援しよう!
お気に召していただけると幸いです。さらに精進します!