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おくり人〜栞〜|綴26 『 ご縁ですし… 』


※本作品には、葬儀に関する描写が
  含まれています。
  ご遺体、告別式、供花など、
  死に関連する場面が登場します。

※本作品は創作です。
  登場する人物、団体、施設、企業は
  すべて架空のものであり、
  実在する人物、 団体、施設、企業とは
  一切関係ありません。

※本作品は、 
  毎週 火・木・土 更新予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴26『 ご縁ですし… 』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

虎視眈々の暖簾が揺れる。

ガラガラと戸が開き、
夜の空気が流れ込んできた。

店内の熱気とは違う。
少しだけ涼しい風だった。

「いやぁ〜!今日は楽しかったなぁ!」

最初に飛び出してきたのは山本だった。
その後ろから白石竜誠も現れる。

「花奈ちゃん!
 ちょっと待って!」

「……」

遠藤花奈は聞こえないフリをしていた。

「ねぇ!
 聞いてくれよぉー!」

白石竜誠は遠藤花奈の肩を掴む。

遠藤花奈は笑顔を浮かべて振り返った。
しかし、その笑顔には不快感が滲む。

「LINE交換しようぜ!」

「おい!
 竜誠ズルい!!
 花奈ちゃん、俺も交換したい」

山本と白石竜誠が左右から迫る。
笑顔を浮かべたまま、花奈は一歩下がった。

「いや〜、今日はちょっと……」

「なんで!?」

「俺ら結構盛り上がったじゃん!」

「君たちだけね」

遠藤花奈の言葉に、二人は同時に固まった。

その様子を見ていた吉村純子が、
ふっと口元を緩める。

「そういえばさぁ〜」

遠藤花奈の肩を掴む、白石竜誠の手を
ハエを叩き落とすように払う吉村純子。

「花奈ちゃんって、今回の合コンのこと…
 彼氏さんに言ってるの?」

空気が少し変わった。
花奈は平然と頷く。

「言ってますよ〜」

「へぇ〜」

吉村純子はニヤニヤしている。
一方で山本の表情が微妙に曇った。

「えっ……彼氏おるん?」

「はい!
 いますよ〜」

「……あっ、そうなんや」

あからさまに、後退する山本。
しかし白石竜誠は違った。

「関係ねぇ!!」

全員の視線が集まる。

「え?」

遠藤花奈も吉村純子も、
意外な言葉にキョトンとする。

白石は胸を張った。

「彼氏がいようが関係ねぇ!」

「いや、あるでしょ」

吉村純子が即座に突っ込む。
しかし白石は止まらない。

「俺が選ばれる男になればいいだけだろ!!
 それに、俺は花奈ちゃんが好きになった!
 この気持ちによぉー、
 彼氏がいる、いないは関係ねぇよ!!」

「重いなぁ……」

栞は思わず呟いた。

「花奈ちゃん!」

「はい?」

「俺、頑張るから!!」

「何を?」

「全部!!」

「雑だなぁ〜」

遠藤花奈は困ったように笑った。
その隣で吉村純子が肩を震わせている。

「白石くん、それ恋愛じゃなくて根性論だよ」

「俺には根性と誠意しか、
 花奈ちゃんに見せられねぇ!!」

「そうか、そうかぁ〜」

熱く語る白石竜誠の肩を、
吉村純子はポンポンっと軽く叩く。

その光景を眺める山本は、
なんかモジモジして皆の後に続く。

そんなやり取りをしながら、
四人は駅の方へ歩き始める。

賑やかな声は少しずつ遠ざかっていった。
栞はその背中を眺める。

そして、もう一人。

少し離れた場所に立っていた神代朔へ
視線が向いた。

神代朔は誰にも声を掛けない。
誰かを引き止めることもしない。

静かに会釈だけすると、
そのまま皆とは反対方向へ歩き始めた。

肩から提げた鞄。
片手には古びた文庫本。

街灯の下を歩く後ろ姿は、まるで最初から
一人だったみたいに自然だった。

(……帰るんだ)

栞は当たり前のことを思う。
だけど、その後ろ姿から目を離せなかった。

理由は分からない。
ただ、気になる。

遠ざかる神代朔。

遠ざかる花奈達。

栞はその場で立ち尽くした。


……数秒。


いや、もっと短かったかもしれない。
気付けば足が動いていた。

「……あれ?」

自分でも少し驚く。
花奈達とは逆方向。
神代が歩いていった方向へ。

もちろん追いかけるつもりなんてない。
声を掛けるつもりもない。
ただ、同じ方向へ歩いていた。

十メートルほど先を歩く神代の背中。
その距離は縮まらない。

それでも栞は、不思議と足を止めなかった。

駅へ向かう道は、
思っていたより静かだった。

少し前を神代朔が歩いている。
その後ろを、栞が歩く。
距離は変わらない。

神代は振り返らないし、栞も声を掛けない。ただ、二人分の足音だけが夜道に…
小さく響いていた。

居酒屋の賑やかさは、
もう随分遠くなっている。

やがて駅が見えてきた。

自動改札の向こうでは、
電車の到着を知らせるアナウンスが
流れている。

神代は迷うことなく改札へ向かった。
ICカードをタッチする。

ピッ。

そのまま改札を抜けていく。
栞も後へ続いた。

スマートフォンを取り出し、
画面を改札機へ向ける。

……反応しない。

「あれ?」

画面は真っ暗だった。
あわてて、電源ボタンを押す。
何度押しても反応しない。

「うそ……」

充電が切れている。
再び、慌てて鞄の中を探る。
財布を出そうとして……手が止まった。

「あれ……?」

もう一度探す……鞄の底までかき分ける。

ポケットも探す。
でも……何処にも、ない。

「えっ……」

少しずつ血の気が引いていく。
改札の脇へ移動し、もう一度確認する。
今度は、鞄の中身を全てを取り出し
床へ並べた。

………やっぱりない。

その瞬間、嫌な予感が頭をよぎった。

(居酒屋だ……)

会計の時…鞄を開けた。
そのあと……。

「うわぁ……」

思わず声が漏れる。

終電間際。
そして、スマホは電池切れ。
財布もないし、改札の向こうには行けない。

栞はしばらく立ち尽くしていた。
そして、小さく肩を落とす。

「……戻るしかないか」

トボトボと改札から離れる。
居酒屋の方向へ向かって歩き出した。

……その時だった。

「どうしたんですか?」

背後から声がした。
栞は反射的に振り返る。
そこには神代朔が立っていた。

「えっ?」

思わず変な声が出る。

「神代さん?」

「はい」

「なんで?」

「なんで……?」

「いや、改札通ったよね?」

神代は少し考えるように視線を上へ向けた。

「あぁ……」

そして小さく頷く。

「改札で音がしたので……」

「音?」

「振り返ったら……間宮さんが慌ててて……」

神代は少し照れたように視線を逸らした。

「気になったので……戻りました」

栞は数秒固まった。

(気付いてたんだ……)

てっきり、
もうホームへ向かったと思っていた。

「実は……」

栞は事情を説明した。
スマホの充電切れに、財布のこと。
多分、居酒屋に忘れたこと。

神代は黙って聞いていた。
話し終わると、小さく頷く。

「それは……大変ですね」

「うん……」

「戻るんですか?」

「戻るしかないかなぁ……」

栞は苦笑いを浮かべる。
神代は少しだけ考え込んだ。

そして……

「じゃあ……僕も行きます」

「え?」

今度は栞が目を丸くする番だった。

「いやいや!
 神代さん帰っていいよ?」

「でも……」

神代は鞄を持ち直した。

「これも……ご縁ですし」

その言葉は、とても静かだった。
けれど不思議と自然だった。

栞は思わず笑ってしまう。

「ご縁って……」

神代も少しだけ笑う。
本当に少しだけだった。

「じゃあ……行きましょうか」

二人は向きを変える。
駅を背にして。

再び居酒屋『虎視眈々』のある方向へ。

今度はさっきより、
少しだけ距離が近かった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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