おくり人〜栞〜|綴28 『 揺れていたのは… 』
※本作品には、葬儀に関する描写が
含まれています。
ご遺体、告別式、供花など、
死に関連する場面が登場します。
※本作品は創作です。
登場する人物、団体、施設、企業は
すべて架空のものであり、
実在する人物、 団体、施設、企業とは
一切関係ありません。
※本作品は、
毎週 火・木・土 更新予定です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴28『 揺れていたのは… 』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レクサスのエンジン音が、
夜の高速道路へ低く響いていた。
街の灯りは既に後方へ流れ去っている。
フロントガラスの向こうには、黒い夜と白い
ヘッドライトの帯だけが続いていた。
岩田は片手でハンドルを握りながら、制限速度ぎりぎりを保つように車を走らせている。
助手席では夏帆が窓を少し開け、
煙草をふかしていた。
赤い火が暗闇の中で小さく明滅する。
運転席の真後ろには栞が座っていた。
スマートフォンを握る手に力が入る。
病院から聞いた言葉が…
頭の中で何度も反響している。
――お姉さんが倒れました。
詳しい説明は覚えていない。
聞いたはずなのに、頭へ入ってこなかった。ただ胸の奥だけが重い。
窓の外を流れる夜景を見つめながら…
栞は小さく呟いた。
「……ごめんね」
隣に座る神代朔が顔を上げる。
「……?」
栞は少しだけ苦笑した。
「…こんなことに巻き込んじゃって」
神代は考えるように黙った。
そして小さく首を横へ振った。
「……いえ」
声は相変わらず小さい。
それでも今は…
少しだけ聞き取りやすかった。
「……お姉さん……気になりますね」
栞は返事をしなかった。
いや…出来なかった。
心配だったし…なにより、怖かった。
でも何が起きているのか分からない。
分からないからこそ、余計に不安だった。
助手席から煙が流れてくる。
夏帆が窓の外へ煙を吐き出しながら言った。
「これって……飲酒運転?」
岩田が即座に反応する。
「あ?
あれ麦茶だったろ?」
夏帆は無言で煙を吐いた。
数秒の沈黙。
「じゃぁ…もっと飛ばせよ」
「はっ、スピード狂が」
岩田はアクセルを踏み込んだ。
流れる景色が、真っ直ぐ延びる線に変わる。
後部座席の神代は本気で青ざめていた。
栞はどこか遠くにいるような感覚だった。
ただ…頭の中で、何度も言葉が繰り返される。
(姉さん……)
高速道路を降りて料金所を抜ける。
それでも、速度は落とさず市街を走り抜けた。
周囲の景色も変わり始め…
煌々とした街並みは消えた。
代わりに現れるのは、古い商店街が見える。
シャッターの閉まった店や色褪せた看板。
ところどころ街灯の切れた道路。
深夜特有の静けさが辺りを包んでいる。
さらに十分ほど走った頃だった。
岩田が前方を指差す。
「着いたぞ」
栞は顔を上げた。
視界の先には、
白い建物が闇の中に浮かんでいる。
どこか時代に取り残されたような…
そんな建物だった。
外壁は薄い汚れがいくつも染みている。
窓枠には僅かな錆が目立つ。
救急入口の赤いランプが…
それらを照らすように静かに光っていた。
レクサスは救急入口近くの駐車場へ滑り込む。
エンジンが止まる。
突然訪れた静寂。
栞はゆっくりとドアへ手を伸ばした。
病院の灯りだけが…
夜の闇の中で静かに揺れていた。
4人は市立病院の自動扉を抜ける。
昼間より静かなロビー。
受付の灯りも半分ほど落とされている。
遠くでナースコールが鳴り、
誰かの足音が廊下へ消えていった。
消毒液の匂い。
白い壁。
規則正しく並ぶ案内板。
4人はエレベーターへ乗り込む。
栞は小さく息を吐きながら……
手に持った紙切れを見る。
病室番号。
そして、その下に書かれた名前。
チン――。
扉が開く。
静かな病棟だった。
廊下の照明は少し落とされていて、
窓の外には街の灯りが見える。
目的の病室の前で足を止めた。
『間宮未保』
プレートには、そう書かれている。
コン。
コン。
「どうぞ」
聞き慣れた声だった。
栞は勢いよく開ける。
「お姉ちゃん!!」
個室は広過ぎず、狭過ぎもしない。
窓際には小さなテーブル。
花のない花瓶。壁掛け時計と簡素なテレビ。
そして白いベッド。
その上で、点滴を腕に…
ミホはベッドに腰掛けていた。
「栞…」
変わらない姉の姿。
栞は駆け出して、ミホに抱きついた。
ミホは、少し驚いた表情を浮かべていた。
だが、すぐに微笑み…
栞の頭を撫でた。
「……お姉…ちゃん……。
本当に……本当に、……」
涙が止まらない。
声に出したくても、言葉にならない。
ただ、姉が撫でる感覚だけが…
胸に込み上げるものを流してくれる。
「ごめんね…。
心配させちゃって…
ただの過労だから」
ミホは泣き続ける妹の頭を、
優しく撫でながら…
ふっと、一緒に入室してきた3人に目を止める。
「…夏帆?」
「よぉ」
ふたりは暫く視線を重ねた。
しかし、それ以上の言葉は交わさない。
ただ、お互い…ふふっ、と笑う。
夏帆は、岩田の袖を引いて部屋を出た。
取り残された神代朔は…
いつもみたいにオロオロ……していない。
目の前の姉妹を、ただ優しい眼差しで
眺めている。
そんな神代朔の…手にしている本に、
ミホの視線が向けられる。
「ギルガメシュ叙情詩ね」
「はい」
「あなたは……」
「神代朔…です」
「うん。
サクくん…その物語から……
どんな流れを感じられていそう?」
姉の言葉に、栞は顔を上げる。
涙と鼻水を拭う。
「…今は……分かりません。
だけど…、間宮ーー栞さんなら、
何かを感じてるのかもしれないです」
まだ会って…そんなに経っていない神代朔。
彼の微笑みから、栞には懐かしい感覚が
込み上げる。
「そう。
サクくん…栞と仲良くしてあげてね」
「…はい」
2人の会話について行けない栞。
ただ…姉が、いつもの姉であることに…
肩の力が緩んでいくのを感じた。
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