おくり人〜栞〜|綴30 『 私…おくり人、栞ですから!』
※本作品には、葬儀に関する描写が
含まれています。
ご遺体、告別式、供花など、
死に関連する場面が登場します。
※本作品は創作です。
登場する人物、団体、施設、企業は
すべて架空のものであり、
実在する人物、 団体、施設、企業とは
一切関係ありません。
※本作品は、
毎週 火・木・土 更新予定です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
おくり人 〜栞〜
綴30『 私…おくり人、栞ですから! 』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ前のオレンジ色の光が、街を少しだけ
寂しく染めている。
彼女は市立病院の自動扉を抜ける。
昼間より静かなロビー。
受付の灯りが間もなく落とされる雰囲気。
遠くでナースコールが鳴り、
誰かの足音が廊下へ消えていった。
消毒液の匂い。
白い壁。
規則正しく並ぶ案内板。
彼女はエレベーターへ乗り込む。
口寂しいのか、ポケットから飴玉を取り出し、口へ放り込む。
それから、手に持った紙切れを見た。
病室番号。
そして、その下に書かれた名前。
チン――。
扉が開く。
静かな病棟だった。
廊下の照明は少し落とされていて、
窓の外には、オレンジ色の太陽に照らされた
ビルが一層眩しく見える。
彼女は、目的の病室の前で足を止めた。
『間宮未保』
プレートには、そう書かれている。
コン。
コン。
「どうぞ」
聞き慣れた声だった。
彼女は静かに扉を開ける。
個室は広過ぎず、狭過ぎもしない。
窓際には小さなテーブル。
花のない花瓶。
壁掛け時計と簡素なテレビ。
そして白いベッド。
ミホはベッドの上へ背を預け、本を読んでいた。
病衣姿に髪は下ろしたまま。
仕事中とは違う、少しだけ力の抜けた姿だった。
本から顔を上げる。
「あっ」
目が合う。
ミホは少しだけ笑った。
「珍しいね。
夏帆から尋ねてくるなんて…」
「よぉ。
二人で会うの…何年振りかな?」
夏帆は、ベッド横にあるパイプ椅子に腰掛けた。
「もう少ししたら…多分、りさも来るよ」
「りさも?
無事に終わったのかなぁ…」
夏帆は、ポケットから飴玉を取り出して、
口へ放り込んだ。
「どっちにしても、あの人のお眼鏡に
叶ってるし…大丈夫じゃない?
あ〜、そうそう。
ミホのとこにも…多分、そのうち接触が
あると思う」
夏帆はそう言って、うなじを掻いた。
「中井…美樹さんね……」
ミホはポツリと呟いた。
「それより、お嬢ちゃん。
いい感じじゃない?」
「そうかなぁ?
それより、ごめんね…夏帆。
栞のこと…面倒みてもらって……」
「面倒…ね。
ウチは、放任主義だからさ。
テキトーにしてるよ。
ミホから見て、お嬢ちゃんが逞しく
なってたら、それはお嬢ちゃんの努力さ」
そう言って、夏帆は椅子から立ち上がる。
「もう、行くの?」
「そろそろ、りさが来ると思う。
ゆっくり二人で話なよ。
また、来るよ」
そう言って部屋を出ていく夏帆の背中を、
ミホは静かに見送った。
栞達の作業場は大荒れだった。
「山ちゃーーん!!
早く供花挿してーー!!」
「うっさい!!
分かってるよ!!」
栞に催促されて、山本は菊を急いで生ける。
「供花の追加入ったぞー!
15基。18時通夜の分。急げよー!」
べーさんの指示が飛ぶ。
山本は、トイレの扉を恨めしそうに睨む。
『故障中。使用禁止!』
その張り紙を破り捨てて、扉をこじ開けて
引き篭もりたい衝動に駆られる山本。
しかし…
「山ちゃん!
ボサッとしてないで、早く菊挿して!」
栞の催促に、舌打ちしながら急ぐ山本。
「わりぃ!栞。
トロトロしてる山本に供花任せて、
17時通夜の分、先に持ってってくれ!」
「はい!」
「ちょ…!
俺一人で、15基挿すんですかぁ???」
「行けるやろ?」
「挿しといてよ、バーカ!」
べーさんに続き、栞の言葉に涙ぐむ山本。
今日は何処にも逃げられない…。
会館へ到着すると、吉村純子が居た。
「おー、しおちゃん。
今日も慌ただしいね」
「ですね〜」
そう言って、台車へ供花を積んでいく。
「おい! 花屋!」
ドスの効いた声。
振り向くと、黒縁眼鏡を直しながら信孝が
近づいてくる。
「18時の通夜、わしの担当じゃけぇ
絶対に遅れんなよ!」
「あっ、その配達は山本が係りです!」
キッ、と睨み付けて…何か言いかけたが、
信孝は急いで式場へ駆けて行った。
(特に変わらない日常……だけど……)
栞は空を見上げる。
(まだ、何も分かってないけど…私は…)
「お〜い。
間宮さん、早く供花持ってきてー!」
17時通夜の担当者、下澤が遠くから呼ぶ。
「はーい!
すぐに行きまーす!」
ブー。
ブー。
ブー。
ポケットでスマホが振動する。
画面には、LINEの通知。
『神代朔』と表示されていた。
メッセージを開くと……
『昨日は、ありがとうございました』
それだけだった。
「おーい!
間宮さん、早くしてくれー!」
再び、下澤の声が聞こえた。
式場には、3対の供花が並ぶ。
祭壇は質素だった。
喪主に当る女性は、式場の花を眺めて…
「綺麗ねぇ…。
きっと、お父さん喜んでいるわ」
その表情には、無事に見送ってあげられる
安堵と…会えなくなる寂しさが滲んでいた。
「あなたの仕事……とても素敵ね」
喪主の女性から出た、何気ない言葉。
その言葉に、栞は昨日の記憶が一気に蘇る。
「………私は…………」
間が空いた。
喪主の女性は、栞の顔を覗き込む。
顔をゆっくりと上げた栞。
笑顔で柔らかく言葉にした。
「おくり人、栞ですから!」
〜Not even a prologue.
And yet, this is where the story begins.〜
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
🔽あとがき
🔽前回の話
