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母と娘たちのアポカリプス──水村美苗『日本語が亡びるとき』を読む【前編】(壱村健太)

Falling, I’m falling.
Falling, I’m falling.

THE OFFSPRING「Have You Ever」

自己自身のうちへと降りていくこと(descente en soi-même)が必要である。いっさいの構造を解体するような、死の切迫と結びついた、宗教的回心との類比アナロジーで語られるような内的体験が。そこでは〈他者〉の秘密がわれわれ自身の秘密と何ら変わりないことが発見される。

クリスティーヌ・オルスィニ(末永絵里子訳)
『ルネ・ジラール』

1

 母が騒いでいる。
 ウクライナで戦争が勃発して、安倍晋三が暗殺された年の9月頃に起こった出来事の話である。
 筆者が昼寝から目覚めると一緒に住んでいる母が騒いでいるのだ。
 泥棒がはいった、と。
 インド人、インド人の子供の泥棒が家にはいった、と。
 興奮気味の母の話によれば、筆者が自室で眠りこけているあいだに、なんの前触れもなく突如としてインド人風の4、5歳くらいの謎の少年が現れたらしい。
 二世帯住宅のようなつくりになっている二階建ての一軒家の一階から筆者の自室がある二階のリビングに母があがってきたところ、散らかった(荒らされた?)部屋の真ん中に、見たこともない、浅黒い肌の色をした4、5歳くらいの少年が、そこに置いてあったお菓子かなにかを勝手にぼりぼり食べながら突っ立っていたらしい。
 早口でまくしたてる母によれば、その少年はとくに何もいわずに母をじっと見つめ、しばらくするとみずから家を出て行ったらしい。なんと筆者が自室で馬鹿みたいに眠りこけているあいだに警察を呼んで実況見分のようなものまで済ませたとのことである。

 寝起きのいまだ覚めやらぬボーっとした頭のまま一服をしながら考えた。
 そんなことあるのか、と。
 近所には小綺麗な新築の家やマンションが立ち並ぶなか、築ウン十年のボロ家である我が家をわざわざ選んで泥棒がはいるなんてことがあるのか、と。そのうえ我が家は大通りからはすこし外れた入り組んだ路地の突き当たりにある。たしかに人目にはつきにくいといえばつきにくい。しかし、我が家にはそもそも盗むものなどはない。90歳の年金受給者の祖母と、日々その祖母の介護にあけくれる、おそらく生活保護を受給している母と、たしか近所のスーパーかどこかでアルバイトをしているはずの筆者の姉と、川崎市は武蔵小杉のクリーニング工場で低賃金で配送業務に従事しながら空いた時間にとくに誰も読まない批評文を書いている筆者(当時は無職)の4人が住んでいるだけの、ただのボロ家である。謙遜ではなく、盗むものなどは本当にない。
 しかも外国人の子供? なるほど、たしかにひと昔前にくらべて自宅最寄り駅である川崎駅前の市街地や自宅の周辺で外国人の姿を見かける機会は増えた。そのなかには犯罪に手を染める悪い外国人もいることだろう。しかし子供? インド人の4、5歳の子供が泥棒?  そんなことがあるのか、いや、なかには目星をつけた家にみずからの幼い子供を偵察部隊として送り込む極悪非道の家族ぐるみの外国人犯罪者グループがいるのかもしれない……いや、いるか? そんなの、とタバコを吸いながら考えた。

謎のインド人風の少年が出現した筆者宅(実家)

 母によると、その少年は一階の正面玄関から侵入したのではなく、筆者がいつも使用している、扉にそなえつけの鍵がいつからか壊れてしまい、つねに解放されっぱなしである不用心このうえない二階の玄関から侵入したようである。
 こうなったら鍵を修理するしかない、と妙に息巻く母を尻目に腑に落ちないことばかりであった筆者が、すべて腑に落ちた気がした﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅のはその日の晩のことである。

 母が、警察から連絡があって、その少年が見つかった、というのだ。その日は夕方から夜にかけて大型の台風が関東地方に上陸する日であった。自宅近所の巨大なゴミ焼却場施設の敷地内で、暴風雨にさらされたずぶ濡れの状態でその少年は保護された、というのだ。両親から捜索届けが出されていたその少年は、自閉症の少年﹅﹅﹅﹅﹅﹅であった、というのだ。

 それを聞いて、ああそうか、と思った。
 そういうことだったのか、とすべてが腑に落ちた気がした。
 その少年は、川崎駅前から自宅へ向かう俺のあ﹅﹅﹅をつけてきた﹅﹅﹅﹅﹅﹅のか、と思った。

 じつは、当時、筆者はある批評家(ここではS氏と呼ぶ)とみずからが書いた原稿のやりとりをしていて、そのみずからが書いた文章の内容と今回の出来事のあいだに関係があるようにしか思えなかったのである。
 簡単に説明すると、筆者はその原稿のなかで、S氏のある著作に書かれている感動的なエピソードを猛烈に批判していた。S氏が、超未熟児で誕﹅﹅﹅﹅﹅﹅生してしま﹅﹅﹅﹅﹅った自﹅﹅﹅身の息子﹅﹅﹅﹅の育児中に経験した、ふつうに読めば誰もが感動するであろう体験についての記述に嚙みついていたのである。
 これは絶対におかしい、と。これではまるで宗教的な回心ではないか、こんなものは批評ではない、マルクスも書いているようにすべての批評は宗教の批判=批評ではなかったのか、と。

 謎の少年の正体がわかったとき、すべてが腑に落ちた気がした。
 自分は、批評を「書くこと」において、人間が人間であるかぎり決して触れてはいけない禁忌=タブーのようなものに触れてしまったのだ、と思った。
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と、ここまで書いてみても、あのとき、いったいなにがどう自分のなかで腑に落ちたのか、否、落ちてしまった﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅のか、それを読者に伝えることに成功しているとは思わない。そもそも、自分自身が、実際のところなにが起こっていたのかいまだによくわかっていない。あの奇妙な闖入者がほんとうに自分のあとをつけて我が家を訪れたのかどうかについてさえ、確固たる証拠や確信はない。すべては彼が出現したタイミングや逃亡後に保護された場所等の状況証拠から判断した推測にすぎない。

謎の少年が出現した翌日(2022年9月24日)に
筆者が某批評家S氏宛に送信したEメールの一部

 紙幅の都合上、この奇妙な「出来事」とその後の顛末についてこれ以上詳しく書くことはしない。本稿における以下の論述の内容および形式から考えて、あらかじめ読者に伝えておくべき事柄であると判断したため、一応の「警告」として最低限の情報を開示したまでの話である。
 はやいはなしが、本稿の著者はこの「出来事」に遭遇して以来、この「出来事」に憑かれている。この「出来事」に狂っている﹅﹅﹅﹅﹅diéphthoraディエフトラ=「自らが破壊された状態にある」「破滅する運命にある」)。

2

 第二次トランプ政権周辺の政治家、資本家、ジャーナリストの思想を分析したナオミ・クラインとアストラ・テイラーによると、いまアメリカは「終末ファシズム」の時代を迎えているらしい。
「冷戦後の時期にわが物顔で闊歩していた『歴史の終わり』は、私たちはいま現実の終末時代にいるのだという確信によって、急速に取って代わられている」。そして「以前は世俗的であったシリコンバレーのエリートたちが、興味深いことに突如としてイエスに帰依しつつある」。具体的にいうと、ピーター・ティールやマーク・アンドリーセンといった「大物ベンチャー資本家」たちが描く「ショック、希少性、そして崩壊によって特徴づけられた」「未来の姿」と、それへの対応策を含む政治思想や世界観(「企業運営の都市国家」の樹立、「極端なリバタリアン的夢想」…etc.)は、世界の終末に関する「キリスト教原理主義の解釈をかなりの程度まで共有している」。

[……]かれらのハイテク私有領地は、つまるところ要塞化された脱出カプセルにほかならず、選ばれた少数だけが人体最適化のためのありとあらゆる贅沢と機会を利用できるようにデザインされている。ますます野蛮なものになる未来において、自らやその子孫を優位な立場に置くために。遠慮なく言ってしまえば、世界で最も力をもつ人々は、世界の終末にそなえて準備をしているのだ。しかも、その終末をみずから熱狂的に加速させながら。

[……]その解釈(引用者注──「世界の終わり」についてのキリスト教原理主義的な解釈)においては、信心深い人々は天国の黄金都市へと引き上げられる反面、呪われた人々はこの地上での黙示録的な最終戦争を耐え忍ぶよう下に取り残される、と考えられている。
[……]私たちが立ち向かっているのは、これまで目にしてきたような敵ではない。私たちが立ち向かっているのは、終末ファシズムなのだ。

ナオミ・クライン+アストラ・テイラー
「終末ファシズムの勃興」(注1)
屹立する男根=ファルスのごとくに拳を突き上げる
暗殺の危機を生き延びたドナルド・トランプ

 アメリカの政治事情に詳しくないのでクラインとテイラーの分析の是非についてはここでは問わない。筆者が気になるのは政治家や経営者やジャーナリストのそれではなく、批評家たちの終末フ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅ァシ﹅﹅ズム﹅﹅である。宗教(この場合はひとまず「世界の終わり」についてのキリスト教の原理主義的な解釈)をまえにして、それに最も批判的に対峙すべき知識人であるはずの批評家たちが、それでもなお、否応なく巻き込まれてしまう狂信的な終末ファシズムである。「歴史の終わり」がわが物顔で闊歩していた1990年代末に作家の池澤夏樹が、「この数十年、世界を導いてきた最も大きな、包括的な思潮は、実存主義でも構造主義でもポスト・モダンでも脱構築でもなく、さまざまな装いを凝らした終末論だったのではないか」(注2)と述べた際の終末論である。実存主義も構造主義もポスト・モダンも脱構築も、あくまでそれの「破片」か「上澄み」か「劣化コピー」にすぎなかったのかもしれないような、根源=危機的な終末論である。

 具体例を挙げよう。福嶋楊は、現代日本で最も影響力のある思想家の柄谷行人について、柄谷の初期の著作から引用したのちに、つぎのように述べている。

 これは柄谷行人の思想家としての第一声である。ここで語られているのは、思想そのものを無化してしまう現実の力を見定めようとする思想、という逆説である。
 ここで表明された思想は──唐突に響くかもしれないが──実は聖書の預言者たちに通じるものであるように思われる。[……]預言者の特色をそのように捉えたのは、初期のカール・バルトだった。そのバルト神学に対して、柄谷行人が近年一定の共鳴を示していることは、偶然ではない。[……]柄谷行人の唯物論的な思考は「神」という作業仮説なしに、交換様式Dへと漸進する歴史の必然性を解明することを目指してきた。その結果、キリスト教が「神」あるいは「神の国」と名づけてきたものと、より普遍的な文脈の中で邂逅したのである。

「柄谷行人と終末論」(注3)

 柄谷行人がトランプ政権とその周辺人物たちの思想をどう考えているのかは知らない。しかし(キリスト教)終末論的な思考の形式や文法に関しては「かなりの程度まで共有している」とみなして問題はない。
 以前は世俗的であったはずの資本家たちが突如としてイエスの教えに帰依してしまうことと、マルクスやニーチェやフロイトに多くを学んだ思想家の唯物論的であったはずの思考が突如として観念論的なキリスト教が「神」や「神の国」と名づけてきたものと邂逅してしまうことは、ほとんど同一の事態である。

 さて、小林秀雄とE・H・カーにならって、現代世界にはびこる一見したところ多種多様に見える「様々なる終末論」の多くが、じつはただの「エリート主義の一つの形」だったのではないか、という問いを立ててみよう。
 近年、突如として「イエスの教え」に帰依・邂逅してしまうことによって私たちを驚かせたのは、世界で最も力を持つシリコンバレーの経済的エリートである資本家や、そのほとんどは有名大学や大学院の出身である知的・文化的エリートの思想家であったのだから。
 現在、我々が、まわりを見わたせばいたるところにある、「前方に破滅と衰退しか見ないで、進歩を信じるのも、人間のさらなる前進を期待するのも不条理だとして片付ける」(がゆえに、トンデモなことを主張しはじめる)終末論的な思考や表現のほとんどは、じつは「エリート社会集団の産物、かつての文句なしの世界覇権が砕け散ってしまったエリート国の産物」(注4)にすぎなかったのではないか、という問いかけは、終末ファシズムの時代においてもっともクリティカル=批評的なそれとなるはずだ。

 うってつけのテクストがある。
 アメリカの名門大学であるイェール大学在学中に柄谷行人に学び、柄谷がつくる雑誌からデビューした小説家・批評家の水村美苗が2008年に出版して話題騒然となった『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(以下『日本語が亡びるとき』)だ。

『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』書影
(Amazonより)

 米ソ冷戦体制崩壊後に実現してしまったアメリカ主導のグローバルな世界秩序/「英語」=〈普遍語〉の絶対的な覇権のもとにおいて、無数に存在する「非・英語」のひとつにすぎない「日本語」が亡びゆく可能性を論じたこの書物に寄せられた反論や批判の多くが、著者の同時代の日本文学への絶望的なまでの無関心、および日本の国語教育をめぐる議論の「エリート主義」的ともみなせる側面に集中したのである。

 たとえば、評論家の仲俣暁生は、自身のブログ上で『日本語が亡びるとき』を取り上げ、この本の主張が水村の「エリーティズム」に由来するありがちな「言語ナショナリズム」にすぎず、現在(引用者注── 2008年当時)の文学やポップカルチャーの魅力をまったく理解できていないとして強く批判している。これは当然出てくるであろう批判であり、現にネットでは、仲俣のエントリに同調する意見が少なからず存在する。

福嶋亮大「〈現地語〉の翻訳」(注5)
2025年になってもX(旧Twitter)で
同じようなことを言っている仲俣暁生

 同書のなかで、同時代の日本文学シーンを、「遊園地のように、すべてが小さくて騒々しい、ひたすら幼稚な光景」であると一蹴した水村美苗。彼女が理想とする、多くの読者には「自分たちが『エリート』ではない側に分類されることに、むやみに抵抗感」を抱かせてしまうような日本語教育のありかたとはいかなるものだったのか。『日本語が亡びるとき』出版直後におこなわれた著者インタビューから引く。

水村 英語と日本語はまったくの非対称性のなかにあって、私たちは、うかうかしていると、ブルドーザーで押しつぶされてしまう側にいるわけです。[……]世界がそういう風に動いてきているとき、優秀な〈二重言語者(引用者注── 英語と日本語のバイリンガル)〉を養成するのは日本の急務でしょう。ただ、〈書き言葉〉としての日本語を護り、それでいながら日本人全体を優秀な〈二重言語者〉に育て上げるのは無理だと思うんです、やはり、一部の人に投資して優秀な英語の使い手になってもらわなくてはならない。「エリート」という日本語はあまりにも印象の悪い言葉になっているので、あの本では使わなかったのですが、ただの語学屋さんではない、優れた〈二重言語者〉を意識的に作っていかないと危ないと思います。

水村美苗インタビュー
「世界史における日本語という使命」(注6)

 筆者の知るかぎりでは、この「危ないと思います」が、今世紀に入ってから日本語で表明されたものとしては、もっとも洗練された、根源的かつ終末論的な危機意識からなされたそれであるように思える。
 当時、同書に寄せられた、「『普遍語』の絶対性を水村氏はあまりにも信じすぎ、かつまた怖れすぎている」のではないかといった素朴な疑問(注7)や、「ちょっとまってください」「日本語はそれほど存亡の危機にあるのだろうか」「[……]2006年の統計によれば、話はおよそ逆方向で、少なくとも外国語として学習される日本語は未曾有みぞうの大ブームを迎えている」ではないかといったエヴィデンスにもとづいた反論(注8)や、同書における著者の、さながら「自衛隊の幹部が『日本軍』の偉大を無条件﹅﹅﹅肯定してみせるのとまるで示し合わせたかのように」「『日本近代文学』の偉大を無条﹅﹅肯定してみせる反動性」や「傲岸さ」に向けられた政治・倫理的批判(注9)のどれも、水村美苗の終末ファシズムにまったく太刀打ちできていなかったように思える。

 では、なぜ彼らは水村に手も足も出せなかったのか。
 水村は、きわめて評判の悪い自身のエリート主義的な主張に関してつぎのように説明している。

[……]そもそも「エリート」という言葉の語源はセレクト(=選ぶ)と同じで、「選ばれた」という意味ですよね。エリートというのは、選ばれたがゆえに、自分を犠牲にしなくてはならない人たちなんです。[……]エリートというのは、公費なり私費なりをかけてエリートたるべく育成された人であり、その意識を持つことによって、自己犠牲的に社会や文化に尽くす人のことです。

 『日本語が亡びるとき』出版直後に同書にたいして広くなされた、いまとなってみると単純な誤読であったり感情的な反発にすぎないと思えるような反論や批判の多くは、水村の「エリート主義」的な主張や思想が、それ相応の「自己犠牲」的な意識や経験に裏打ちされていた可能性を見抜けなかったのではないか。
 これをあえておおげさにいいかえると、筆者の見るかぎりでは、この終末論的な書物において論じられている事柄は、端的に「人間の理性をはるかに越えた出来事であり、そのリアリティは人間にたやすく把握できるようなものではない」(注10)ということである。

よく顔に手を添えて写真撮影をおこなう水村美苗

 我々は、かつて、高名な﹅﹅﹅批評家﹅﹅﹅たちが﹅﹅﹅目をそ﹅﹅﹅ざるをえな﹅﹅﹅﹅﹅かった﹅﹅﹅水村美﹅﹅﹅苗の終﹅﹅﹅末論的﹅﹅﹅エリ﹅﹅ート﹅﹅自己犠﹅﹅﹅の内実に﹅﹅﹅﹅否応な﹅﹅﹅く目を﹅﹅﹅凝ら﹅﹅ること﹅﹅﹅にしよう。
 具体的にいうと、以下、我々は、『日本語が亡びるとき』を読みなおすことにおいて、イェール大学で名だたる学者や批評家のもとで学んだ「エリート」にして「帰国子女」にして問答無用の「才媛」である水村美苗が、いかなる手品、詐術、小細工を弄して、「東アジアの〈普遍語﹅﹅﹅なり損﹅﹅﹅ねた﹅﹅である現在の日本語」(注11)、つまりは「かつての文句なしの世界覇権が砕け散ってしまったエリート国の産物」である現在の堕落した日本語のありかたをめぐって、「手を替え品を替えて」「黙示録や終末論のレトリック」(注12)を繰り出し、「戦後日本の平等主義的な教育」を否定して、かつて一瞬たりとも存在したことさえない「日本近代文学の奇跡」などという「幻想」を卑劣にもでっちあげ、狂信的かつエリート主義的な終末ファシズムに突入していったのか、その犯行の「痕跡」を辿ることにしよう。

ウェーコ包囲/Waco siege
(日本語版Wikipediaより、最終閲覧2025年7月8日)

3

 ここまでとくに説明もなく「終末論」という言葉をつかってきた。ここであらためて、そもそも「終末論」とはなにか、今後の議論に必要な限りで確認しておこう。
 G・ザウダー『終末論入門』によれば、「終末論の道案内をするためには、まず根本問題や主要な主題を提示する前に、『終末論』とは何かということ、そして『終末論』はどのように構成され得るかということについての理解がまったく多様である、ということに注意を払わねばならない」(注13)。なるほど、先に池澤夏樹の著作から引きつつ確認したように、現代世界において「最も大きな、包括的な思潮」が「終末論」なのだとすれば、我々にとりつく島はないように思える。我々はありとあらゆる多様な終末論をまえにして、わけもわからずに右往左往するだけである。しかし、本稿で我々が考えるべき問題は、終末論一般とはなにか、ではなく、あくまで、水村美苗にとっての終末論とはなにか、である。
 では、水村美苗にとっての終末論とはなにか。
 ひとまず、引き続きザウダーの著作からすこし長くなるが引用する。

 終末論はまず第一に何よりもエスカトン、「最後の事柄」についての教説と言うことができる。そのように理解するならば、終末論は(引用者注──キリスト教の)教義学の教説の諸連関を、正確に言えば組織神学それ自体を終わらせるものである。
[……]また第二に、将来は決して無意味な時間-空間ではないという前提のもとでは、終末論は、将来の概念や待望、また完全に一新された世界におけるキリスト教信仰の展望ということと関係している。
 終末論が、時間のプロセスにおける神の介入の待望ということによって、人間の生における、また世界のプロセスに投げかけられる最後の問題であると受け取られることで、終末論は第三に神学全体を対象とし、また構成されることになる。[……]終末論の問題というのは、神学の根源や境界線と関わるような「ラディカル」な課題を持ったものなので、そこでは終末論はもはや神学の最後の事柄(Finale)として扱われるだけではなく、神学におけるパン種(Ferment)のような働きを求められるのである。(注14)

 重要だとおもえる点を筆者なりにパラフレーズする。
「エスカトン」=「最後の事柄(Finale)」についての教説である終末論は、言葉の定義上、終末論をそのなかのひとつの分野というか領域というか、ひとつの欠片(Fragment)として含む「神学」の全体「それ自体」さえも「終わらせる」ものである。
 さながら、わずかな「パン種(Ferment)」の「働き」が「練り粉全体を膨らませる」(注15)かのようにして。
 そして、終末論とは、基本的には「完全に一新された世界」におけるキリスト教信仰の「展望」にかかわるものである。
 そして、終末論という問題を人間がみずからの生における「最後の問題」として受けとることで、神学の一部であったはずの終末論は、「神学全体を対象とし、また構成されることになる」。
 そして、「終末論の問題というのは、神学の根源境界線と関わるような『ラディカル』な課題を持ったもの」である。

 さて、水村美苗の終末論である。
 2008年に日本語が亡びる可能性=危機を告知することになる水村は、日本近代文学の最高峰、夏目漱石の未完の遺作『明暗』(1914)の続編である『続明暗』(1990)を書くことによって小説家としてデビューしている。

水村美苗『続明暗』と漱石『明暗』(注16)

『続明暗』出版の5年前、20世紀を代表する文芸批評家ポール・ド・マンの「正真正銘の最後の学生」(注17)であった大学院生時代の水村が発表したド・マン論である「リナンシエイション(拒絶)」の内容を、先に引用したザウダーの終末論の定義とともにふまえると、次のようなことがいえる。

 水村の、日本語の「最後の事柄(Finale)」についての教説である日本語の絶滅・終末論は、漱石というひとりの人間の死=「書き手の死」(「最後の事柄」「エスカトン」)の結晶である特定の作品を、水村自身が受け取ること(「かれ〔引用者注──漱石〕を読むこと」〔注18〕)において、その「とき」に得た「最後の事柄」についての理解や了解を、のちに日本文学史の「全体を対象とし、また構成」しなおしたものであるといえる。
 これをいいかえると、『日本語が亡びるとき』の終末論的内容は、日本近代文学史上の神話的存在である夏目漱石、「かれの手で書かれたものをそれなりの歴史(history)を持つものとして把握したいという衝動」に捉えらえた水村が、漱石の「終わり」とみずからの「始め」が重なる地点および時点(「そして始めと終わりとを結ぶ面白い物語(story)」〔注19〕)を探し求め続けた果てに、目前に死が迫るなかで漱石が書きしるした『明暗』を発見し、それを読み、そこでかれと出逢いなおし、それをみずから『続明暗』として書き継ぐことにおいて、その「とき」に得た「最後の事柄」についての理解や了解を、のちに日本文学史の「全体を対象とし、また構成」しなおしたものであったといえる。

 はやいはなしが、水村美苗の終末論は「読むこと」と「書くこと」にかかわっているということだ。

 そして、その「読むこと」と「書くこと」にかかわる水村美苗の終末論は、2008年に出版された『日本語が亡びるとき』においてはじめて明確なかたちをとったわけではなく、デビュー作の『続明暗』や大学院生時代に書かれた「リナンシエイション(拒絶)」に萌芽的にすでにふくまれていたのであった。

筆者が横浜市立中央図書館﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅までコピーをとりにいった
水村のド・マン論の邦訳

 否、ここで筆者がいいたいことをより厳密にいうと、「萌芽的にすでにふくまれていた」のであればとくに問題はないのである。そこにおいては、水村の意志や意図とは一切関係なく、ある意味不可抗力的に「それ」がふくまれてしまっただけなのだから。
 筆者が指摘したいのは、2008年時点における『日本語が亡びるとき』の出現という「事件」(注20)は、水村が、みずから書いたそれ以前の書物を、さながら小さな「パン種(Ferment)」を練りこむかのごとくに日本の文学・思想の「歴史」(history、すでに水村が小説家デビューしている以上、それは水村美苗の個人史をふくむかたちで再構成された物語/storyでもある)に意図的﹅﹅﹅密かに忍﹅﹅﹅﹅びこませた﹅﹅﹅﹅﹅結果﹅﹅として、その小さな書物であるパン種の「働き」が、「わずかなパン種(Ferment)が練り粉全体を膨らませる」かのようにして「日本語=日本文学の絶滅・終末」という事態に至るまで膨らみつづけた果てに「破裂」してしまった、否、水村が「意図(intention)」をもってして「炸裂」させたような「出来事」ではなかったか、ということである(「かくして、時限装置は炸裂する」by蓮實重彥〔注21〕)。

若い頃の水村美苗。写真左
やはり顔に手を添えている(注22)

 ひとまずここまでの議論によって、『日本語が亡びるとき』という書物がいまこそ読みなおされるべきである、その最低限の理由は説明できたように思う。
 この本のセンセーショナルなタイトルだけを目にして、中身もろくに読まずに、よくある「『文学は死んだ』、『映画は死んだ』、『ロックは死んだ』といった類の終末論的なご託宣」(注23)や、「天変地異、オカルト、ノストラダムス、等々」(注24)についてのこれまたよくあるデマや作り話や都市伝説の類を想像してはいけない。
 福嶋亮大が同書を評して述べたように、水村のエリーティズム=近代文学の特権化には「一定の歴史的な根拠」がある。
 否、筆者の見るかぎり、この本の終末論的かつ狂信的な主張を裏打ちしている歴史的根拠﹅﹅﹅﹅﹅は、福嶋がいうように留保つきの﹅﹅﹅﹅﹅甘っち﹅﹅﹅ょろい﹅﹅﹅もので﹅﹅﹅
 我々は、引き続き、水村美苗の「ラディカル」なエリート主義的かつ狂信的でもある日本語の絶滅・終末論の絶対的な歴史的根拠、つまりはそれの発生源=「根源」である「境界」の位相を探っていくことにしよう。

【後編】に続く

【後編】はこちら

1  ナオミ・クライン、アストラ・テイラー(中村峻太郎訳)「終末ファシズムの勃興」、『世界』2025年7月号、岩波書店。
2  池澤夏樹『楽しい終末』、文春文庫、1997年、30頁。
3  福嶋楊「柄谷行人の終末論」、『福音と世界』2023年7月号、新教出版社。
4  E・H・カー(近藤和彦訳)『歴史とは何か 新版』、岩波書店、2022年、「第二版への序文」より。
5  福嶋亮大「〈現地語〉の翻訳」、『ユリイカ 2月号 特集 日本語は亡びるのか?』、青土社、2009年。
6  水村美苗インタビュー(聞き手=前田塁)「世界史における日本語という使命」、『ユリイカ 2月号 特集 日本語は亡びるのか?』。
7  野崎歓「「翻訳家」が亡びるとき?」、『ユリイカ 2月号 特集 日本語は亡びるのか?』。
8  金谷武洋『日本語は亡びない』、ちくま新書、2010年、13頁。
9  石川義正「ギリシャ語が亡びるとき」、『ユリイカ 2月号 特集 日本語は亡びるのか?』。
10   石原綱成「「ヨハネの黙示録」の図像学」、小河陽訳『ヨハネの黙示録』、講談社学術文庫、2018年。
11   石川、前掲論考。
12   岡田温司『黙示録』、岩波書店、2014年、265頁。
13   G・ザウダー(深井智明・徳田信訳)『終末論入門』、教文館、2005年、20頁。
14   同上、21頁。
15  『コリントの信徒への手紙』5章6節、新共同訳。
16  「《インタビュー》水村美苗氏に聞く 『続明暗』から『明暗』へ(聞き手:石原千秋」より、『文学』第2巻第1号、岩波書店、1991年、81頁。
17  柄谷行人、水村美苗「対話 恋愛・宗教・哲学の起源」より柄谷の発言、『現代思想』1987年1月号、青土社。
18  水村美苗(堀口豊太訳)「リナンシエイション(拒絶)」、『現代思想』1986年9月号、青土社。
19  同上。
20  「《インタビュー》水村美苗氏に聞く 『続明暗』から『明暗』へ(聞き手:石原千秋」より石原の発言。
21  蓮實重彥「時限装置と無限連鎖」、『ユリイカ 2月号 特集 日本語は亡びるのか?』。
22 水村美苗「強烈すぎる母の愛情を一身に集めてきたピアニストの姉。私のよりどころは祖母だった。離婚で母に見捨てられた姉は私に依存し…」、婦人公論.jpのインタビュー記事、https://fujinkoron.jp/articles/-/9103。
23  野崎、前掲論考。
24  岡田、前掲書、「はじめに」より。

著者プロフィール

壱村健太(いちむら・けんた)
1988年神奈川県生まれ。ほぼ中卒。労働者兼批評家。批評サイトLIMiNAL/リミナル主宰。婚活中。

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