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辞書で殴られた。小5の春、屋根の上で。

私は次女の幼稚園のお迎えを、なるべくギリギリに到着するよう心がけている。

14:15の引き渡し時間に対し、14:13に駐輪場に到着。既に解散したクラスの親子でできた流れるプールをひょいひょいと逆走しながら、次女のクラスのママたちの輪に飛び込む。

輪の中心では、担任の先生が話をしている。
心臓のバクバクがうるさくて聞き取れないが、口パクを想像するに「明日も蓮根のプランターの匂いをチェックしようと思います!では帰りましょう〜」なんて言っている…気がする。

「気がする」くらいがちょうどいい。私にとっては。

園児の名前が一人ずつ呼ばれ、親子でペアになり門に流れていく。私は周りを見渡し、近くに立つママさんに話しかける。

「ねぇねぇ、さっき先生なんて言ってた?蓮根?」

そのお母さんはニコニコと、「なんか、蓮根の種を蒔いたプランターの水が臭くなっちゃったみたいで。今日みんなで水を抜いて、靴がドロドロになっちゃった子もいるみたいですよ」と、優しく教えてくれた。
臭い蓮根泥水でドロドロ。思ったより泥沼案件だった。思わず我が子の足元を見てしまう。セーフ…っぽい?

「ありがとう〜!助かります!」と、全力の笑顔でママさんにお礼を言う。

「ねぇねぇ、先生なんて言ってた?」と尋ねるのは、あまり話したことのないお母さんにしている。これもあえて。

今のところ、みんな笑顔で答えてくれるけれど、もしかしたら「この人いつも遅れて話を聞いてないじゃん…もっと早く迎えに来いよ」などと思われているかもしれない。

でも、いいのだ。

懇談会、保護者主催のお祭り、そして降園後に公園で遊ぶ時間。次女の通っている幼稚園は「ママたち」の関係が濃い。

長女の入園から数えて5年間お世話になっている幼稚園で、私はなるべく「かる〜いお母さん」に見られるよう心掛けてきた。その努力は隅々まで及んでいて、自己紹介から「〇〇の母です。推しはSixTONESとSnowManです!」って言うのが鉄板なくらいだ。

一見ふわふわしているが、一寸先は泥沼なママたちの人間関係。
その中で私は「ちゃんとしていない人」って思われたい。

下手くそでもかまわない。
小5の私ができなかったことを、36歳の私は今、必死でやろうとしている。


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Kちゃんは、5年生のときの私の親友だった。

私もぽっちゃり気味だったが、Kちゃんはなかなかに体が大きかった。体重測定のとき「絶対に前見んといてな!!」とKちゃんが後ろに並んでいる子たちに言い回るのが、クラスの風物詩だった。

なのに走るとめちゃめちゃ足が早い。リレーの代表にもよく選ばれていた。私は補欠だった。

Kちゃんはまた、絵がとても上手だった。特に彼女の描く「神風怪盗ジャンヌ」のマロンちゃんは、本物みたいに可愛かった。みんなと同じHBの鉛筆のはずなのに、Kちゃんの丸い手で引かれる線は、もうただの線ではないように見えた。角度が絶妙なフェイスラインも、複雑な髪型も、Kちゃんは迷わずスイスイ線を引いた。自由帳に絵を描くKちゃんを眺めるのが、私は好きだった。

私はKちゃんを尊敬していた。

Kちゃんのお家に、私はよく遊びに行った。Kちゃんの家は特殊な構造で、Kちゃんの部屋の窓から、ちょっとした屋根に出ることができたのだ。屋根と言っても内向きに窪んでいたから、落ちる心配がなかった。田舎の平地の空は広く、屋根のパネルは温かかった。

私たちはそこで、Kちゃんの持っていた少女漫画を読んだ。兄がいる私の家にはコナンやワンピースみたいな少年漫画しか置いていなかった。自分が恋愛漫画を読むとバレるのが妙に気恥ずかしく、親に「りぼん」や「なかよし」を買ってみたいと、私はなかなか言い出せなかった。「りぼん」以上(つまりキス以上)のちょっとドキドキするような漫画を初めて読んだのも、Kちゃんの家の屋根の上だったっけ。

Kちゃんのお家は、お母さんがいなかった。
お父さんもほとんど見かけたことはなかった。Kちゃんは弟がいて、おおらかで明るいKちゃんに対して、弟は小さくて細くてシャイな感じだった。特別気にしていなかったけれど、やっぱり家族の話題は、あんまり話さないようにしていた。

女児がこぞってピチレモンを読み始め、エンジェルブルーやメゾピアノに憧れる時期。私も、洋裁得意なママに縫ってもらった服が「なんかちがう」ように見えて、イオンで既製品を買い始めた時期だった。Kちゃんはいつも大きなボロボロのTシャツとジーンズを着ていた。

Kちゃんは私によくチョコバットを奢ってくれた。Kちゃんは月に5000円もお小遣いをもらっていたからだ。初めて知ったときは目玉が飛び出した。5000円なんて、私のお年玉の額と一緒だ。

Kちゃんはよく、学区外のイオンにも行っていた。大人用の、ボロボロの自転車に乗って。
田舎の女児たちの原宿ことイオン内のファンシーショップで、Kちゃんはモー娘のポスターや、当時流行っていたタイルシールなんかを買っていた。

Kちゃんの部屋の壁で笑うゴマキはテレビで見るよりかわいくて、見るたびに私は「えぇな〜」と壁を見上げていた。私はカゴちゃんが好きだった。

私たちはキャーキャー言いながら少女漫画のページをめくり、モー娘。で誰が好きかを語り合い、青空の下でチョコバットを食べた。

私はKちゃんが羨ましかった。

親と先生の引いた「良い子の学区内」から、1mmもはみ出すことができない私。自分のお小遣いもない。ポスターを貼る自分の部屋もない。放課後にふらっと学区外のファンシーショップへ行く度胸も、少女漫画がほしいと声を上げる勇気もなかった。

Kちゃんは自立していて、屋根から見上げる空のように自由に見えた。

あの日も、私たちは屋根にいた。

どういう話の流れかは覚えていない。でも私はその時、「Kちゃんはいいなぁ〜、5000円もお小遣いもらってて!」と言った。羨ましい気持ちもあったが、それよりも、5000円という大金の放つ煌めきに興奮して、Kちゃんをヨイショしているつもりだった。

しつこかったのかもしれない。Kちゃんが急に声を荒げて言った。

「そんな簡単に言わんといて!毎日、掃除機かけて、弟の世話して、ご飯用意して、大変やねんで!それでお父さんから、お小遣い貰ってんねん!!!」

辞書で殴られたみたいだった。
目から火花が散った。Kちゃんの言葉は重く熱い塊として、脳天を殴り、喉をしめ、最後は胃で氷のように冷たくなった。

自分がとんでもなくバカなことを言ったと、私は肌で理解した。

Kちゃんはいつでも朗らかで活発だった。漫画を見せてもらうのも、屋根に上がるも、チョコバットも、おおらかに「えぇで〜」と。

Kちゃんの声が小さくなるのは、国語で音読の順番がきたときだけ。私が近くの席のときは、ぼそっと漢字の読み方を教えてあげていた。
休み時間にKちゃんがやり忘れた宿題を教えてあげるのは、いつも私の役割だった。

罪悪感で心臓がバクバク響く中、私はフラフラと立ち上がった。私はKちゃんに怒鳴られるような子じゃない。何か、何か言わなければ。

心の震えが伝わらないように、精一杯明るく、私はこう言った。目は合わせられなかった。

「そうなんや〜。じゃあ、私も掃除機かけてお金もらおっかな!」



その後、Kちゃんに屋根から突き飛ばされた…わけではなく。きっと一緒にいた別の友だちが場を取り持ってくれたのだろうけれど、はっきりとは覚えていない。

Kちゃんには謝れなかった。
きちんとごめんねを言わないことで「Kちゃんを傷つけた」という事実を無かったことにするみたいに。

気まずい空気を上書きするつもりで、私は今まで通りKちゃんと公園に行き、シール交換をし、駄菓子を食べ続けた。

そして、席替えとか遠足とかでの自然な成り行きで、Kちゃんとの親密な時期は唐突に終わった。小学校の親友なんてみんなそんなものだった。私はまた、別の誰かと親友になった。


夏休みのど真ん中のある日の夕方。

家のインターホンが鳴った。ママの「まいちゃん、Kちゃんだよ!」との声に、私はめちゃめちゃ驚いた。約束もしていないのに?心の準備ができないまま、私は急いで玄関ドアを開けた。

Kちゃんは、あのボロボロの大人用の自転車に跨ったまま、いつものTシャツ、いつものジーンズで、うちの塀の花壇のへりに足をかけて待っていた。

ボコっとへこんだ自転車のカゴには、白くて細長い筒が入っていた。

「まいちゃん、もうすぐ誕生日やろ?」とKちゃんが言った。

筒を受け取る。真ん中に貼ってあったセロテープを爪で引っ掻いて筒を開くと、そこにはミニモニの衣装を着たカゴちゃんがいた。

「ありがとう!めっちゃ嬉しい!最高にかわいいな!イオン行ってくれたん?ほんまにほんまにありがとう!」

私は大袈裟なくらいテンション高く、そのポスターを褒め倒した。私からKちゃんに返せるものは何もなかった。

高かっちゃんちゃうん?お小遣い使ってくれたん?という疑問は、喉元に迫るたびに、ぐっと飲み込んだ。

6年生になって、Kちゃんとはクラスが離れた。写生大会でKちゃんの絵を見た。上手だったけれど、ジャンヌの絵の方がいいなって思った。運動会では相変わらずリレーのアンカーだった。

カゴちゃんのポスターは、中学に入るまでずっと、学習机のマットの中に飾っていた。八重歯とつぶらな瞳がキュートだけれど、やっぱりKちゃんの家のゴマキの方が綺麗だった。

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「あんたはいっつも自分が正しいと思っている」
「人は鏡だよ。不貞腐れてたら冷たくされるし、優しくしたら、周りの人も優しくなるよ」

「良い子の学区内」を引きずったまま大人になってしまった私は、その後も人生のあらゆる場面で、辞書で殴られた。

出産と同時に仕事を辞め、専業主婦になったのは一つの転機だった。公園や子育て広場に、成績表も履歴書もまったく必要なかった。

男性アイドルにハマったのはたまたまだったが、いつの日か「SnowManとSixTONESが推しです!」が、ママ友界で完璧なパンチラインだと気づいた。アイドルが好きと言うだけで、ギャルママも大人しそうなママも、どっと和む。

私は仲良くなりたいお母さんがいると、「推し会しよう!」と家に呼んだ。ライブを流し、お菓子を食べた。イケメンたちの話で一通り盛り上がったら、みんな自然に育児や次のキャリアの悩みを打ち明けた。

くだらないマウントをコーヒーで飲み込むことを覚えた私は、いつからかむしろ、「ちゃんとしてないママ」としての自分をアピールするようになった。

「うちの子偏食だから、お弁当は毎日同じハムサンドイッチだよ〜」
「見て!このママチャリのサドル、ボロボロすぎて雨の日は高野豆腐みたいなんだよ」

みんなが笑ってくれると嬉しかった。
この方がずっと自分らしいって思った。


Kちゃんがくれた、カゴちゃんのポスターを思い出す。
私とKちゃんをつないでくれた、チョコバットを、少女漫画を、ジャンヌの絵を。あの屋根で過ごした時間を。

「推し会」の後、13:50にはみんなで我が家を出て、ママチャリに乗り、幼稚園へお迎えに向かう。

3人乗りの電動自転車のペダルはいつもより軽く、空はどこまでも広かった。

#創作大賞2026
#エッセイ部門

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海沼 衣々花|よく生き、よく書く人 書くを仕事に。一歩踏み出したばかりです。 毎日ヨタヨタ、おろおろ書いてます。 サポートいただけると跳び上がって喜びます。 コーヒーをご馳走していただくお気持ちで、お待ちしてます☕️