お盆の夜、私は“私"じゃなかった。忘れられない体験
# お盆の夜、私は"私"じゃなかった ―― 忘れられない憑依体験
お盆。昨年は、はじめて、彼と、彼の子供3人、私の子供3人、みんなで集まってご飯を食べていた。
特別なことは何もない、いつもの光景のはずだった。
## 気づいたら、倒れていた
会話をして、笑って、食事をして——そこまでは覚えている。
けれど、その先の記憶がすっぽりと抜けている。
次に「あ、私だ」と自覚したときには、なぜか倒れていた。
何が起きたのか、自分でもわからなかった。
## 断片的に残る、あの時の感覚
起き上がってからの記憶は、はっきりとは繋がっていない。
けれど、いくつかの断片だけが妙にリアルに残っている。
空気を吸おうと外に出たこと。
そこで、誰かと話をしていたこと——でも、その内容にまったく心当たりがない。
そして、吸ったこともないはずのタバコを、手にしていたこと。
まるで、自分の体を借りて、別の誰かがそこにいたような感覚だった。
## 「似ていた」という、彼の一言
後から聞いた話によると、私が起き上がったとき、子供たちは笑っていたという。
何がおかしかったのか、今でも本人たちに聞かないとわからない。
そして彼が、静かにこう言った。
亡くなった元奥さんの仕草や言葉に、似ていたと。
その一言を聞いたとき、背筋がぞっとするのと同時に、不思議と怖さだけではない感情が湧いた。
## 我に返った瞬間
完全に自分に戻った実感があったのは、しばらく経ってからだった。
体には強烈な疲労感が残っていて、一人では歩けないほどだった。
まるでフルマラソンを走り終えた後のような、そんな重さだった。
## 今、振り返って思うこと
あの時間、自分の中に何が起きていたのか、正直まだわからない。
けれど今こうして振り返ると、ひとつの思いが浮かぶ。
もしあれが本当に、亡くなった彼女だったのだとしたら——
残された子供たちや彼に、何か伝えたいことがあったのかもしれない。
言葉にできなかった何かを、あの短い時間に託していたのかもしれない。
そう思うと、あの出来事は怖いだけの記憶ではなく、
どこか温かい何かを含んだ、大切な記憶のようにも思えてくる。
