第6話 越えてはいけない場所 ― 海で、衝動を見つめる
海は、
人の理性を試す場所だと思う。
視界を遮るものがなく、
ただ水平線だけが広がっている。

昼の海・風の強い浜辺ここでは、
自分がどこまで行けるのか、
どこで引き返せるのかが、
はっきりと見えてしまう。
■ 海は、感情を煽る
風の強い浜辺に立つ。
波の音が、
思考を押し流していく。
理由は分からないのに、
胸の奥が落ち着かない。
何かが始まりそうな気配と、
同時に、
始めてはいけないという感覚。
海は、
その両方を同時に与えてくる。
■ 距離が、一気に近づく

偶然なのか、
約束だったのか。
気づけば、
あの人と並んで歩いていた。
会話は多くない。
沈黙も、不自然ではない。
それが、
かえって距離を縮める。
近づこうとしているのは、
相手ではなく、
もう一人の自分だった。
そう気づいたとき、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
■ 越えてしまいそうになる瞬間

夜の海は、
境界線を曖昧にする。
暗さ。
波音。
誰も見ていないという感覚。
「今だけなら」
そんな言葉が、
心の中に浮かぶ。
触れそうな距離。
息が重なる。
ここで一歩踏み出せば、
もう戻れない。
それだけは、
はっきりと分かっていた。
■ 越えてはいけない場所
防波堤の端で、
立ち止まる。
これ以上先には、
進めない場所。
物理的な線があるから、
自分の中の線も
確認できる。
越えてはいけない場所があるから、
人は、
ここまで戻ってこられる。
私は、
足を止めた。
衝動は、
消えてはいない。
でも、
支配もしていない。
■ 煩悩を否定しない
仏教では、
煩悩は消すものではないと言う。
生きている限り、
欲は湧く。
問題なのは、
欲を持つことではなく、
それに飲み込まれることだ。
欲を感じた自分を、
責めなくていい。
でも、
越えなかった自分は、
ちゃんと認めていい。
衝動を見つめた時点で、
それは、
もう力を失っている。
私は、
そう思えた。
■ 引き返すという選択

海に背を向ける。
完全に吹っ切れたわけじゃない。
まだ、
揺れは残っている。
それでも、
線は守られた。
何も起きなかった夜は、
失敗ではない。
むしろ、
自分を守れた証拠だ。
▶︎ 次回予告
次の旅先は、山。
静けさの中で、
もう一度、自分を結び直す。
第7話
「結び直す場所 ― 山で、静けさに還る」
あなたにも、
越えなかったからこそ、
今も守られているものはありますか
