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高校生平和大使が講義/浜坂中3年生の平和学習/「現地で聴く生の声」から学び

 昨年度、旧高橋村満州開拓団の悲劇を学んだ浜坂中学校3年生は8月18日、第29代高校生平和大使として活動する兵庫県立北条高校(加西市段下町)の生徒2人を講師に迎えて「平和学習-微力だけど、無力じゃない-」に取り組みました。県内の高校生による活動報告に耳を傾け、グループ討議で「平和」の意味を話し合いました。
 浜坂中3年生は2年生だった今年1月29日、旧高橋村満州開拓団の生存者で遺族会会長だった山下幸雄さんの体験談をリモートで聴きました。中学生からの質問に、山下さんは優しい言葉で分かりやすく答えました。その1週間後、山下さんは倒れて6月に亡くなりました。浜坂中生に対して、気さくに話してくれた山下さんの体験を未来に伝えることの大切さを学ぼうと、高校生平和大使活動メンバーを講師に招きました。

高校生平和大使の活動に耳を傾ける中学生たち=いずれも新温泉町浜坂、浜坂中学校

 北条高校3年生、市川玉稀(たまき)さんは「高校生平和大使の活動」を説明しました。はじめに「終戦から81年が経過しても、世界のどこかで戦争や紛争が続いています。日本で私たちが命の危機にさらされることはほとんどありませんが、今の生活がずっと続く保証もありません。だからこそ平和に向き合い、考え、行動を起こすことが重要です」と呼びかけました。
 高校生平和大使活動は1998年に長崎県長崎市で始まり、現在は18都道府県の高校生が参加していること。兵庫県では現在、約20人のメンバーが公立・私立の枠を超えて活動していることなどを付け加えました。
 「神戸大空襲の戦跡を巡ったほか、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員で、ノーベル平和賞授賞式こでスピーチした田中煕巳(てるみ)さんの講演会にも参加しました。長崎研修では、強制労働で日本にいた韓国人被爆者の存在や彼らへの差別の歴史を知りました。原爆の影響で健康を害しているのに、『被爆者援護法』のルールのためにサポートを受けられない人々もいます。教科書にはない事実を学びました。現地でリアルな声を聞いたから、分かったことが多い」と活動の意義を訴えました。
 北条高校2年生、永田美羽(みわ)さんは加西市にある戦跡「鶉野(うずらの)飛行場」をフィールドとして活動している「うずらの班」について紹介しました。この戦跡の正式名称は「姫路海軍航空隊基地」で、第二次世界大戦中にパイロットを養成するための訓練施設としてつくられました。特攻隊基地だった歴史もあり、隊員の遺書も残されています。
 戦時中を生きた人の「生の声を聴ける最後の世代」として、戦争体験者を訪ねて証言を受け継ぐ活動も説明しました。高校生平和大使の活動はSNSのインスタグラムで発信していることも中学生に伝えました。

グループディスカッションで自分の考えを書く中学生

 講義の後は、高校生が中学生に①あなたにとって平和とは?②平和でないのはどんな時?-の2つのテーマを与え、グループディスカッションを行いました。
 最後に、浜坂中の生徒代表は「特に心に残ったのは、平和は特別な人だけが作るものではなく、私たちが伝えていくものだということです。日本も大きな戦争に巻き込まれる可能性があります。これからも学び続け、できることを考えていきます」とお礼の言葉を述べました。

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