八月の振り返り
八月は余裕な時間が多くあったので、創作活動を頑張ってみました。
毎日投稿というやつをやってみたかったのですが、うまくはいかないものです。
蝉の鳴き声はほとんど聞こえなくなりましたが、彼らは毎日必死だったのだと思い返すことができるのは、夏も終わりだからでしょうか。まあ、10月くらいまで暑いのでしょうが。
最近の悩みとしては、コロッケそばの素晴らしさを布教しているのですが、なかなか成果が出ないということです。
サクサクの衣にだし汁が染み込んで美味しくなる。さらに、時間が経つと、じゃがいもにも味が染み込んで2段階美味しい! 腹持ちも良くなって満足感が高いです。
ネギやほうれん草をのせれば彩りもよし。卵もいいよ!
ただ、私の周りではコロッケは異端らしい。てか、天ぷら派が多いです。暑いのにかけ蕎麦なんて食うなと言われる。冬にもう一度、布教するから待っていろよと思うのですが、いまはワカモレ作りにハマってきたのでどうなるか。
先のことなんてわからないから、いまを楽しくドライブしていく感じで。
創作の話に戻ります。
掌編を書いていて思うことがある。
もう少しキャラクターの内面を掘りたいのですが、掌編だとテーマに沿った会話しかできないので、そこがモヤッとします。
作品を書くときの思考の癖なのか、抽象化したまま事実を書いてしまうな、というところに気が付きました。
抽象化した事実をもっと具体的にしたほうが良いのかもしれないと思ったのは、『短編小説「あの、どっちが悪かったと思いますか?」』を推敲している途中でした。
サトミちゃんのお話は楽しいけど、「テストの点数が悪くて、お母さんがお小遣いを減らすとか」、「門限を守れってうるさい」というような話題が多い。
という文章は、元々は「サトミちゃんとのお話は楽しいけど、お母さんの愚痴が多い」と書いていました。
キャラクターの思考や発言をさらに一段階ほど具体化することで、輪郭がより出てくるということに気が付きました。
いま、乙一さんの「ZOO1」を読んでいます。
短編がいくつか掲載されていて、自分もここまで話を膨らませられそうだし、書いてみたいと思えるようになったことも、理由の一つだと思います。
なので、今後は少し長めのお話も書いていこうかなと思います。
noteでは、掌編の形式でサクッと読めたほうが読者の方は楽でいいと思うのですが、新しい挑戦ということで、まあ、やむなしですね。
掌編やエッセイなど、単発で読める記事はnoteに投稿していき、長めのものは投稿サイトを変えることも検討しますかね。
9月以降は長編と短編(1〜2万字)をメインに活動する感じになるのかな。
そういえば、八月はコメディを書いているつもりはないのに、コメディになるみたいな謎現象が多かった。私としては真夏のホラー体験でしたね。
ごめんなさい。これ書いたあとに外出たらめっちゃセミ鳴いてた(笑)
