57年前のギターは、 14歳の私をまだ覚えていた

新しい弦を張った瞬間、音より先に、十四歳の部屋の空気が戻ってきました。
1969年に、私が生まれて初めて買ったギター。ヤマハ G-70Aです。
何十年ものあいだ、実家で埃をかぶっていました。
タオルで丁寧に拭き、新しい弦を張った瞬間、不思議な感覚になりました。音より先に、十四歳の部屋の空気が戻ってきたのです。
ギターと言えば『禁じられた遊び』だった
このギターを買ったころ、ギターの選択肢はほとんどありませんでした。
福岡・弓の馬場のバス停前に、小さな楽器屋がありました。店先にはクラシックギターが3〜4本、フォークギターが数本置いてあるだけでした。
私はベンチャーズやタイガース、ビートルズを聴いていました。
それなのに、なぜクラシックギターを選んだのか。
当時の私には、「ギターと言えば『禁じられた遊び』から」という強烈な先入観があったからです。
だから迷わずクラシックギターを買いました。
ビートルズの音はどこにもなかった
ドレミファの次は『禁じられた遊び』。
そして同時に、新興音楽出版社の『ザ・ビートルズ80』という楽譜を買ってきました。ところが、コード図の通りに指を置いても、ビートルズの音にはまったく聞こえません。当時はタブ譜などありませんでした。
どの指でどの弦を押さえるのかさえ分からない。
今の若い人には想像しにくいかもしれませんが、「ギターをどう弾けば曲になるのか」を自分で探すしかなかったのです。
正直、このギターを弾いていた頃の私は、『禁じられた遊び』以外の曲をまともに弾ける気がしませんでした。
今は何でも手に入る
今なら、お茶の水の楽器屋街に行けば、世界中のギターが並んでいます。タブ譜は山ほどあり、教則本には映像が付き、YouTubeを開けば世界中のギタリストが無料でレッスンしてくれます。
若い頃の私は、「選択肢が多いこと=豊かさ」だと思っていました。
でも最近、少し違う気がしてきました。 今は選択肢があまりにも多く、「どれを選べばいいか」をつい他者に委ねてしまいます。SNSの評判、ランキング、誰かの「これが正解」という声に流されやすいのです。
私が十四歳の頃は、正解を教えてくれる動画もありませんでした。だから下手なりに、自分の耳と指で試行錯誤するしかなかった。振り返ってみると、あの不便さは、自分で選び、自分で間違えるための時間でもあったのだと思います。
弾きにくいギターの音
このヤマハ G-70Aは、正直かなり弾きにくいです。
弦高は高く、左手には厳しい。
現代のギターなら、もっと軽く押さえられ、もっと正確に鳴ってくれます。それでも、このギターには現代の楽器にはない低音の伸びがあります。
そして何より、半世紀前の日本のギター製作者たちの「良い音を作りたい」という志が残っています。
道具というのは、性能だけでできているわけではないのだと、古いギターを触ると感じます。
鞄、お皿、そしてギター
ここ数日、私は古い道具について書いてきました。
鞄は、ニューヨークや全米出張、起業という「外の世界」を運んでいました。お皿は、家族が囲んだ食卓という「家の時間」を覚えていました。
そしてこのギターは、十四歳の「自分の時間」を覚えていました。
社会人になる前。
父親になる前。
経営者になる前。
ただ「ビートルズみたいになりたい」「クラプトンみたいに弾きたい」と本気で思っていた少年の時間です。
57年前に買ったヤマハのガットギターで弾いたクラプトンの『Signe』です。9年前なので、まだ小指を使って弾いています。
十四歳の私は、このギターでビートルズになろうとしていました。半世紀以上たった今、同じギターでクラプトンを弾いている自分を見ると、時間は消えるのではなく、道具の中に静かに残っていくのだと感じます。
半世紀たって分かったこと
もちろん、なれませんでした。でも、その勘違いのおかげで、私は半世紀以上たった今でもギターを弾いています。
十四歳の私は、この一本でビートルズになろうとしていました。
新しい弦を張り終えたあと、私はしばらくそのギターを眺めていました。終活というより、忘れていた自分に、もう一度そっと触れていたのだと思います。
鞄は外の世界を、お皿は家の時間を、そしてこのギターは、十四歳の私自身を覚えていました。
半世紀たって分かったのは、古い道具が残しているのは「物」ではなく、その道具を握っていた頃の自分なのかもしれない、ということです。
だから私は、この弾きにくいギターを簡単には手放せません。
ここには、まだ何者でもなかった十四歳の私が、確かに残っているのです。

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