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絶望の隣は、希望。なのだろうか

こんにちは、穂吉と申します。
私は30代の臨床工学技士です。
《シスター フランシス・ドミニカさんの言葉
《オーストリアの精神科医、ヴィクトール・エミール・フランクルさんが考えた心理治療であるロゴセラピー》を知ってから、私の生きる方向性、本当にやりたいことに気づきました。これは決して宗教じみたものではなく、限りある人生をどのように豊かにしていくか、人生そのものにどう答えていくか、それをテーマにして書いていきたいと思います。


あの頃、絶望の隣に希望があるとは思えなかった。そもそも、希望という言葉自体が現実から遠いものに感じられていた。

生き続ける理由もなかった。死なない理由もなかった。ただ、体が生きる方向に働いていただけだった。空腹になれば何かを食べ、眠くなれば眠る。ホメオスタシスが正常に働いていて、栄養を補給していたから、結果として生きていた。それ以上でも、それ以下でもなかった。

頭の中にあった言葉は、「消えたい」「もう疲れた」。強く死を望んでいたというよりも、終わりを想像することでしか、この状態から離れる方法を思いつけなかった。

希望はなかったと思う。

現実はもっと具体的だった。お金が減っていくこと。実際に底が見えていたこと。そして、一度でも経歴に傷がつくと、そこから余裕がなくなっていくという恐怖だった。無職の期間中に受けた病院の採用面接で、「無責任だ」と言われたとき、否定する言葉は出てこなかった。「おっしゃる通りです」としか言えなかった。結果は不採用だった。

あの時の感覚は、今でもよく覚えている。社会の側から見れば正しい評価なのだろうと思いながら、自分の中では何かが静かに折れていく感覚があった。正直に話せばよかったのかもしれないと、あとから何度も考えた。

もしあの頃、「大丈夫」と言われても、言葉としては受け取れただろう。でも現実は変わらない。お金の問題も、将来の不安も、その場ではどうにもならなかった。

振り返ると、あの時の自分は弱っていたし、同時に限界まで耐えていたのだと思う。そして今も、完全に楽になったわけではない。ただ、耐えているという状態そのものを、以前ほど否定しなくなった。

絶望の隣に希望があるのかは、今でも分からない。少なくとも、当時の自分の隣には希望はなかった。ただ、時間だけがあった。何も解決しないまま、それでも一日が終わり、次の日が始まる。その繰り返しの中で、気づけばまだ生きていた。

もしかすると、人が生き続ける理由は、いつも明確な形で存在するわけではないのかもしれない。意味や目的がなくても、生命は続こうとする。その事実を、あの時期に初めて実感した。

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