【技術解説】高画質化技術「HDR」の基礎知識
「Live Extreme Encoder v1.15」は、「HDR (High Dynamic Range)」という高画質化技術と「H.265 (HEVC)」という動画コーデックによって、映像品質が飛躍的に向上しました。今回は、このうち「HDR」について技術解説するとともに、Live Extremeでの対応状況をご紹介します。
映像の高画質化技術
映像の画質を決める要素には、以下のように5つの要素があります。映像を高画質化していくには、これらの要素をすべてグレードアップしていく必要があります。

解像度(空間解像度)
動画を構成する各フレームの画素数のことで、数字が大きいほど高精細な映像といえます。動画配信では一般的に
HD: 横1280ピクセル × 縦720ピクセル(92万1600画素)
フルHD: 横1920ピクセル × 縦1080ピクセル(207万3600画素)
が利用されていますが、最近では映画を中心に、プレミアムな
4K (UHD) : 横3840ピクセル × 縦2160ピクセル(829万4400画素)
配信も増えてきました。

A-PAB(一般社団法人 放送サービス高度化推進協会)ウェブサイトより引用
Live Extremeでは2020年の発表当時から4K配信に対応しており、v1.15でも最高解像度に変わりはありません。
フレームレート(時間解像度)
1秒あたりに表示されるコマ数(静止画像数)のことで、単位には「fps (frames per second)」または「Hz(ヘルツ)」が用いられます。値が大きくなるほど動きが滑らかに見えます。「NHKプラス」など日本国内の動画配信では29.97fpsが一般的です。

Nikon「デジタル一眼レフカメラの基礎知識」より引用
Ultra HD Blu-rayには最高4K/60fpsの映像を収録することができます。Live Extremeでも開発当初からそこを狙っていましたが、GPU性能の限界により、
フルHD: 最大60fps
4K: 最大30fps
という制限がありました。
Live Extreme Encoder v1.15からはGPU対応が強化され、全ての解像度で最大60fpsでの配信が可能となっています。
階調(ビット深度)
動画において、全ての色は光の三原色(R: 赤, G: 緑, B: 青)の組み合わせで表現されています。長年、RGB各色8bit (256段階) の組み合わせである約1,677万色が「フルカラー」と呼ばれてきましたが、高解像度化が進むにつれ、階調飛びが問題視されるようになってきました。
2018年に開始された4K衛星放送では、ビット深度が10bitになりました。RGB各色10bit (1024段階) になると、表示可能な色数は約10億7,374万色に及びます。

総務省「4K放送・8K放送 情報サイト」より引用
Live Extreme Encoderにおいても、v1.15よりSDI/HDMIからの10bit映像*の入力、および配信が可能となり、より滑らかなグラデーションが表現できるようになりました。
* RGBを輝度信号(Y)と2つの色差信号(Cb, Cr)に分解した10-bit YUV 4:2:2
色域
Blu-ray Discやフルハイビジョン放送など、従来の色域(「BT.709」または「Rec.709」と呼ばれています)では、人間が認識できる色の約35%までしか表現できませんでした。PCで標準的な「sRGB」も、色域としてはBT.709と同等です。
前述のように、ビット深度が10bitとなり、表現可能な色が10億色以上に拡張されたことにより、階調の細かさだけでなく、表現可能な色域も広げることができるようになりました。これをWCG (Wide Color Gamut) と呼び、「BT.2020 (Rec.2020)」規格では、人間が認識できる色の75%まで色域が拡張されています。

放送システム委員会「超高精細度テレビジョン放送システム等の高画質化に係る技術的条件」より引用
Live Extreme Encoderでは、v1.15よりSDI/HDMIからのBT.2020入力、および配信が可能となり、特に緑色と赤色で、より色鮮やかな表現が実現できるようになりました。
輝度(ダイナミックレンジ)
自然界には、夜空の星(10⁻⁶ cd/㎡)という暗い光から、太陽光(10⁹ cd/㎡)という明るい光が存在しています。人の眼は、瞳孔を閉じたり開いたりすることで、10¹² : 1 もの明るさの範囲(ダイナミックレンジ)を知覚できますが、同時に認識できるダイナミックレンジは 10,000 : 1 程度と言われています。
従来のSDR (Standard Dynamic Range) モニターの輝度はおよそ 100 cd/㎡ でした。また、その伝送システムは、1,000 : 1 程度のダイナミックレンジの映像を送るように設計されていたため、人の眼の能力を下回っていました。
HDR (High Dynamic Range) は、伝送可能なダイナミックレンジを広げることで、従来の100倍もの輝度を表現することができる技術です。

NHK「4K8Kの魅力」より引用
HDR規格は、ITU-Rが2016年に勧告した「BT.2100」によって国際標準化されていますが、BT.2100には、ダイナミックレンジ以外にも、階調(10-bitまたは12-bit)や色域(BT.2020と同様)なども定められています。一般に「HDR」というと、高階調(10bit以上)やWCGも含めた概念であることが殆どですので、注意が必要です。
HDRはガンマカーブやメタデータの違いから、更にいくつかの方式に細分化されますが、その理解を深めるための準備として、まずはガンマカーブ(伝達関数)について解説します。
ガンマ補正とは
人間の目に届く光の照度、つまり物理的な光量と人間が知覚する明るさは非線形の関係にあることが知られています。人間の視覚は、光が強ければ強いほど鈍く、弱ければ弱いほど敏感になっていくのです。
現代のカメラのCMOS/CCDイメージセンサーは光に対してリニアな信号を発生させますが、カメラはこれをリニアに収録するのではなく、人間の視覚特性に合わせて効率よく(暗い光ほどより詳細に)保存しています。この変換プロセスは「ガンマ補正」と呼ばれ、光をビデオ信号に変換する伝達関数を「OETF (Opto-Electronic Transfer Function)」と呼びます。

カメラがエンコードしたデータは、ディスプレイでデコードされます。ここでは「EOTF (Electro-Optical Transfer Function)」と呼ばれる伝達関数で変換されますが、EOTFがOETFの逆の特性になっていれば、結果的に元の光の強度を再現することができます*。

*実際のシステムにおいては、撮影時に対して完全に線形では再生せず、トータルで1.1〜1.2程度のガンマカーブとなるように調整されます。(人間の目の働きは周囲の環境で変わり、暗い環境で見るモニターはコントラストが低く見えるため。)
HDR方式
HDRの国際規格であるBT.2100には、以下のようにコンセプトと伝達関数(OETF/EOTF)の異なる2つの方式が併記されています。これは、標準化の過程で日英と米国の間で折り合いがつかなかったことによるものです。
HLG (Hybrid Log Gamma)
2015年にNHKがBBC(英国放送協会)と共同で開発した方式で、日本の電波産業会 (ARIB) でも「STD-B67」として規格化されています。
SDRの最大輝度が 100cd/㎡ なのに対し、HLGでは 1,000~2,000 cd/㎡ 程度が想定されていますが、HLGは「相対輝度方式」であり、ディスプレイの最大輝度に応じてEOTFが変わります。つまりディスプレイの性能によって表示されるコンテンツの明るさが変わってしまいます。これは従来の放送や配信でも同様なのですが、映像制作者の意図を正確に反映できていないという批判もあります。

リーダー電子「技術情報シリーズ Vol.02 HDR測定」を基に作成
HLGのOETFは、最大輝度の1/12までの領域(=SDRで表示可能な範囲)でSDRのガンマカーブと互換性があり*、従来のSDRテレビに表示した場合でも大きく画崩れすることがないとされています。しかし、SDRディスプレイはそもそもBT.2020の色域をサポートしていないことが多く、結局のところ色ずれという別の問題が生じます。
* HLGのカーブを2倍すると、SDRのカーブとほぼ一致する

リーダー電子「技術情報シリーズ Vol.02 HDR測定」より引用
HLGは他のHDR形式とは対照的に、映像信号以外のメタデータを必要としません。この特徴はTV放送やライブ配信に適している方式と言えます。日本で2018年にスタートした「新4K8K衛星放送」では、HDR方式としてHLGが採用されています。
Live Extreme Encoderでは、v1.15よりSDI/HDMIからのHLG入力、および配信に対応しています。
PQ (Perceptual Quantization)
Dolby Laboratoriesによって開発され、2014年にSMPTEによって標準化(ST 2084)された方式で、人間の視覚特性に基づく新たなガンマカーブによって、最大 10,000 cd/㎡、最小 0.0001 cd/㎡までの輝度レベルを表現することができます。
HLGと異なり、表示デバイスで再現できる輝度までは常に同じガンマカーブを描く(絶対輝度方式)ので、表示デバイスの最大輝度までの階調領域においては、制作者の意図した通りの映像になるとされています。しかし、例えばディスプレイのピーク輝度が 1,000 cd/㎡ であった場合、原理的には 1,000 cd/㎡ を超える部分は白とびしてしまいます。

SDRとHLGのOETF比較リーダー電子「技術情報シリーズ Vol.02 HDR測定」より引用
PQ方式は、映像以外にメタデータが必要となりますが、メタデータの仕様の違いなどにより、いくつかの規格が提案されています。
HDR10
2015 年に全米家電協会(CTA)が策定したPQ方式のHDR規格。Ultra HD Blu-rayでHDRの必須規格として定められているほか、対応機器/サービスが最も多いHDR規格となっています。

HDR10はその名の通り、ビット深度が10bitに限定されるほか、以下の静的メタデータ(コンテンツを通して固定されたメタデータ)を含んでいる必要があります。
MDVC (SMPTE ST 2086): マスタリングに用いたディスプレイのカラーボリューム情報(原色点、白色点、最大輝度、最小輝度)。Ultra HD Blu-rayでは、1000 cd/㎡ を超える表示装置が推奨されています。
MaxFALL: フレームごとに平均輝度を測定した場合の最大値 (cd/㎡)。Ultra HD Blu-rayでは、400 cd/㎡ を超えないことが求められています。
MaxCLL: 映像全体の中で最も明るいピクセルの輝度 (cd/㎡)。Ultra HD Blu-rayでは、1000 cd/㎡ を超える領域は限定的であることが求められています。
これらの情報は、カラーボリュームの小さなディスプレイでの再生時に、コンテンツを調整(トーンマッピング)するのに役立ちます。
ただし、調整方法はディスプレイ側に任せられているため、制作者の意図が再現される保証はありません。また、突発的なシーンのMaxFALLやMaxCLLに引っ張られて、シーンごとに最適なトーンマッピングが選べないリスクもあります。

(MaxCLLが表示デバイスの最大輝度以下であれば、そのまま出力可能)
Live Extreme Encoderは、v1.15.1よりHDR10の配信に対応しており、静的メタデータは SDI や HDMI (2.0a以降) から取得することができます。
Dolby Vision
Dolby Laboratories自身が2014年に発表したPQ方式のHDR規格。動的メタデータを採用し、シーンごと(あるいはフレームごと)に明るさとコントラストが最適化されます。配信では10bitの映像信号が利用されていますが、Ultra HD Blu-ray(Dolby Visionはオプション規格として規定)では12bitの映像表現が可能となっています。

Live Extremeは、現時点では疑似ライブ/オンデマンド配信でのみ、Dolby Visionをサポートしています。
HDR10+
2017年にサムスンとアマゾン・ビデオから発表されたPQ方式のHDR規格。HDR10を拡張し、10bit以上の色深度と8K解像度をサポートし、フレーム単位でピーク輝度を変えられる動的トーンマッピングを採用しています。

Dolby Visionの対抗技術であり、ロイヤリティフリーというアドバンテージもあるものの、HDR10+を採用するサービス/コンテンツはまだ限られています。Live Extremeも、現時点ではHDR10+の配信に対応していません。
まとめ
「HDR」と言っても、単にダイナミックレンジの拡張だけでなく、ビット深度や色域の話が絡み、かつ複数の方式やフォーマットがひしめいている状況がお分かりいただけたのではないかと思います。Live Extremeはできる限り多くのニーズに応えていけるように、これからも業界動向を注視し、開発を続けていく予定です。

次回は、HDR配信に欠かせないH.265の技術解説のほか、Live Extreme Encoderの設定方法や動作仕様、各デバイス/ブラウザでの再生互換性についてご紹介します。
