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Back Into The Noise - the HIATUSの、「眼」

「これがロック・アルバムだ。
なんの前置きも説明も要らない、これがロック・アルバムである。
2010年の今、どこからどう聴いてもこれこそがロックであると言い切れる傑作アルバムが生まれたことに、救われた気持ちすら抱く。」

(ROCKIN'ON JAPAN 2010年8月号/the HIATUS特集の冒頭より)


こんな風に力強く断言してもらえるなんてどんなアルバムなんだろう。


邦楽ロックを聴くことが楽しくなってきて、ROCKIN'ON JAPANを毎月買い始めた頃に冒頭の文章を目にして、そんなことをなんとなく思っていた時、今考えれば奇跡といってもおかしくないタイミングでテレビから流れてきたのが「The Ivy」のミュージックビデオだった。

”You take my breath away
My eyes are narrowed from the glare
And you take my pain away
Right at the moment of truth”
(僕は息を呑み そのまばゆい光に目を細める
 そして君はまさにこの瞬間に
 僕を苦しみから救ってくれた)

the HIATUS「The Ivy」

17歳、高校3年生の今くらいの時期だった。
軽音楽部に入ってコピバンをやっていたこともあってストレイテナーACIDMAN、藍坊主、チャットモンチー、ELLEGARDENあたりも聴いていたけれど、その頃ライブで観てみたいと思うくらいどハマっていたのはアジカンくらいだった。

当時よく観ていたMUSIC ON TVで、「Antibiotic」のMVが放映されていたこともあって、the HIATUSの名前だけは知っていた。
地を這うようにひっそりとした低い歌声と、夕暮れ時の薄暗さを思わせる陰のある旋律。曲の終盤に差し掛かったあたりでクレジット表記に気付き、『あ、NANO-MUGENに出演者に名前があった人たちだ』『こういう音楽をやるバンドなんだ』と知った。
フロントマンが音楽性の似ても似つかないELLEGARDENのボーカルと同一人物である細美武士であることに気がついたのは少し時間が経ってからである。


「The Ivy」の崩壊から始まるようなこの音楽は、わたしにとって完全に未知の領域のものだった。
たった一度、たまたま見ただけ。
けれど苦しみの中から吐き出すような、悲鳴のような叫びの歌声に、その姿に、引き寄せられた。画面から目が離せなかった。

ギターを中心とした、狂気が牙を剥いているのにどこか美しさを孕んだ楽器の音と、メンバーの背後にある像の瞳からどろりとした黒い涙がにじみ、ゆっくりと流れ出す映像が脳裏に焼きついた。学校帰りにのちの職場となる某CDショップに立ち寄って、リリースされたばかりのアルバム「ANOMALY」を買い求めたのは、それからまもなくのことだった。

誰かに薦められたわけでも、教えられたわけでも、自分の周りで話題になっていたわけでもない中で、初めて自分で出会って選んで知りたいと思ったアーティストだった。


私たちがもはや日常的に使っている「ロック」という言葉の、
そもそもの原義は「揺り動かす、揺さぶる」という意味らしい。


当時は意味などまったく調べずに感覚で聴いていたが、アルバムを聴き込んでいく度に冒頭の記事の言葉が頭をよぎり「これがロックなんだ」と強烈に刷り込まれていった。衝動的で、破滅的だった。
崩壊し、退廃した世界に取り残される不安に駆られるような「Insomnia」の恐ろしいほどに生々しい叫びは頭の中を絶望の色で塗りつぶしていった。アルバムの収録順で言えば「ベテルギウスの灯」以降の楽曲の、一見平穏を取り戻したかに見える凪いだ明るさはどこか台風一過に似ている。それこそ「Antibiotic」は顕著だった。希望には満たない、束の間の躁状態なんだなということを感じた。

”The sun goes down
Where is the wonder
That we once had here
I'm so tired of lying”
(陽がおちて 僕が一つでいられるような
 奇跡はどこにあるんだろう
 もう嘘をつくのは疲れたんだ)

 the HIATUS「Antibiotic」

たった1枚、全12曲入りのCDアルバム。
その中に、それまでの人生で出会ったことのなかった未知の世界が広がっていた。これまで自分が思い悩んできたことなんて些末なものだったんだなと、思い知った。

間違いなく、自分の中の何かが「揺さぶられていた」。


初めてライブを観る機会に恵まれたのは2010年8月6日金曜日、国営ひたち海浜公園、”ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2010”開催初日のGRASS STAGE。初日のトリだった。

彼らのライブパフォーマンスを、この目で初めて観る機会が訪れた。蒸し暑い、学生生活最後の夏の一夜だった。

壮絶だった。
ステージに立ったフロントマンの細美武士は、この世の絶望すべてを集めた沼の底にいるような佇まいでありながらも、瞳には「射抜かれる」と感じる、ギラギラとした光が宿っている。
とてつもない存在感を放っていた。

暴れ悶え、もがくように鳴らされる音に怯みながらも、それでも観たい、離れたくないという気持ちでフロントエリアに必死にしがみついた。

圧の強いモッシュピットに埋もれ、もわもわとうだる熱気の中で最高だ!と吼える歓喜の声援、もっとくれ細美!と叫ぶ野太い声があちこちから飛び交う。
身長が低いせいで、メンバーの姿は誰かの肩越しにしか見えない。それでも、心も身体もすべてを削って魂の底から演奏をしているということがひしひしと伝わってきた。最後に「ありがとうございました!」とマイクを通さずに声を張り上げた細美武士の姿に痺れた。ライブの持つ力の強さに、虜になった。
汗だくになって帰りのシャトルバス乗り場に向かう道すがら、あまりのずぶ濡れ具合に風呂入れよ、と、すれ違った見知らぬ人に笑われた。
自分の中の衝動が、確実に呼び起こされたライブだった。

その後「もっと観たい」と思っていたところに、アルバムリリースツアーの新木場スタジオコースト公演にストレイテナーが、Zepp Tokyo公演ではACIDMANが対バンで出演することを知った。自分にとって、夢のような対バンだった。死に物狂いでチケットを探した。

新木場公演は開演1時間前になんとかチケットを譲ってもらった。1人でライブハウスに足を運んだのはその時が初めてだった。本拠地「ライブハウス」で、彼らの本気を感じた。興奮しすぎて脱水症状を起こして、見知らぬお姉さんに連れ出してもらったのを覚えている。
Zepp公演へは、ロッキンでのライブを通じて知り合った人と一緒に観に行った。ここでやっとバンドのTシャツを買った。
「ベテルギウスの灯」を演奏した時にオーディエンスに向けた、メンバーの弾けるような笑顔は映像作品としては残らずとも、ずっと自分の中に在り続けている。オーディエンスとの結びつきを、強く感じた。


東日本大震災を経てリリースされた3rdアルバムの「A World Of Pandemonium」で大きく変わった世界観に戸惑い、わかりやすく激しい曲をライブでやらない時期が続いて、好きだけれどライブを観るのが苦しい思いをした時期があった。
そんな時期を経た後の2013年のHorse Riding Tourの東京公演2日目、8月14日のZepp Tokyo公演のことは、忘れない。
この日のことは別で書いているので、ここでは細かくは触れない。



「ひよこの眼」という、山田詠美女史による短編小説がある。

主人公の女子中学生の学校に、ある日転校生の少年がやってくる。

どこか遠くを見つめているような不思議な目をしていたその少年に、主人公は強く惹かれる。しかし、それがなぜなのか自分でもわからない。懐かしいような、不安になるような感覚だけが残る。
最初は「目」の謎が気になっていた主人公だったが、やがてそれは恋心へと変わっていく。少年が幸福ではないことを悟りつつも自分に気を許してきていることを感じ、二人は放課後を一緒に過ごし、お互いを大切に思い、繋いだ手の温もりを知る。

しかし、ある日主人公は突然思い出し、気がついてしまう。
幼い頃、縁日で買ってきて面倒を見切れずに死なせてしまったひよこの、生と死の境界を見つめているような目。

少年の目は、ひよこと同じ目をしていた。
主人公は少年の瞳が懐かしかったわけではなく、少年の目に惹かれ、そして、恐ろしさのあまりに、恋をしてしまったのだ。

そして数日後、少年は病気を苦にした父親の道連れとして命を落としてしまう。
主人公は人生には思い通りにいかないことがあることを悟り、死を見つめながらも確かに生きようとしていた少年を悼む。
その後、街中で何度か「ひよこの眼」を見かけるたびに尋ねたくなることがある、という一節で物語は終わる。
「あなたは、死と言うものを見つめているのではありませんか」と。


ああ、これは私だ、と思った。


ANOMALYの轟音と、身体の奥から突き上げる、揺さぶる衝動。
高校生の私はあの音の恐ろしさに、美しさに、確かに仄めかされた死の気配に、強烈に惹かれてしまったのだ。

祖父母の死に触れるのが早かったことや自ら命を絶った血縁がいたりと、私にとって死とは、希望を持って生き抜くことよりも強く印象深く身近なものだった。
そしてその薄暗さに魅せられるあまり、近づき、寄り添うあまり、ずっと大きな希死念慮を抱えていた。


けれどthe HIATUSは、生きることを諦めずに、光を見つけられたのだろうと、2013年8月14日のライブを経て、発売されたKeeper Of The Flameを聴いて、観て、感じた。

どれほど言葉を尽くせば、伝わるのだろうか。

ほんの僅かな暗闇の底からうっすらと見える、消えてしまいそうなほど小さな光を、信じたいと思った。

人生の中でこれほどまでに生きている歓びを感じられる日が来るなんて、思ってもみなかった。

こんな景色にまた巡り会えるなら、いつかそんなところまで行ってみたいと思った。

生きていてよかったと、彼らのおかげで思えるようになった。


今年4月、7年ぶりとなるバンドセットでのライブが発表された。

どれだけこの日を待ち望んでいただろう。

先行抽選で全て落選となり、一般発売も枚数選択の画面までアクセスできても購入まで辿り着けず、それはそれはもう妬み、羨み、憎しみすら湧いた。

どこにでも行くと覚悟を決めて挑んだリセール、13時ぴったりにイープラスのマイページをリロードして【当選】の2文字が目に入った瞬間がこれほど安心と喜びでいっぱいになったのも久しぶりだった。
この轟音を、忘れ去られたような時の流れの中で、私は、ずっと待っていた。

今日まもなく、わたしは7年ぶりに、轟音を奏でる彼らの音に会いに行く。

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