小さな頃から怖いもの
子どもの頃、怖かったものがいくつかある。
23歳の今よりも、恐れていたものはずっと多かったように思う。
それは知識や経験のなさにも関係しているのだろうけど、幼い頃に抱いた恐怖心というのは、何か計り知れないものがある。
例えば、線香花火。
夏の風物詩としてみんなやりたがる手持ち花火だけど、私はあれが物心ついてからというもの、ずっと怖い。
まだ小学校に上がる前、4歳か5歳くらいのときに、地元の大きな公園でお祭りがあった。保育園の友達やその親御さんたちとみんなで遊んでいて、最後に線香花火でもしましょう、となったのだと思う、たしか。
私にはそれがなんなのか全然わかっていなかったし、見たのもそのときが初めてだったので、扱い方もわからないまま握っていた。それがどれほどの熱さなのかも知らず、ただパチパチと光っていて綺麗だな、くらいにしか思わなかったのだろう。
握っていた手もまだ小さくて短かかったのもあり、気づけばそのはぜる火花が足の真上にこぼれ落ちていた。火花は容赦なく靴ごと皮膚に貫通し、足の甲やら指やらを炭のように真っ黒に変色してしまった。
母もそばにいたはずなのだけど全然気づかなかったらしく、私は私で非常にぼーっとしている子どもだったので、じわじわと遅れてやってきた足の痛みを訴えたのは、その後だいぶ時間が経過してからだった。
夜中だったが、祖母に車を出してもらい、それはそれは大慌てで救急病院へと向かった。祖父や叔母もいたかな、家族総出で乗り込んだ気がする。
お医者さんに見せるとき、靴下を脱いだ自分の足が真っ黒なのに驚いて、痛みよりも、そのあまりの衝撃的なグロテスクさに大泣きをしたのを今でも鮮明に覚えている。
あのとき私は自分の足がもう使いものにならず、そのままなくなってしまうのではないかと心底恐怖していた。
でもそんなことはなくて、皮膚はまた新しくよみがえり、いつの間にか元通りの足に治っていた。
それ以来、線香花火は一切やっていない。
私の中でそれは、いまだ怖いもの以外の何ものでもない。
だから音楽のMVとか、誰かのSNSに夏の思い出としてノスタルジックに加工された線香花火の映像が出てくると、心の中で「危ないよ」とほとんど反射的に呟いてしまう。
一方でそれが、季節を彩るすてきな小道具にもなり得たことを思うと、その世界観と全く無縁なところにいる私にはちょっぴり残念にも、また羨ましくもあるのだった。
北風アリア
