サイドストーリー【文子の章:第4話】小さな世界の片隅で。
前回巻末:春樹は金型を回収し終え、車内でラジオ(文子のお便り)を聴き、コンビニに立ち寄る。場面は変わり、教団本部に。教団共同副代表:”須崎”の登場のシーンから
□
<教団本部>
信者の一人(堅山)が須崎の下に走り寄り、須崎にささやく、
”須崎副代表、警察の方が来てます。”
”報道関係の車も何台も…。”
須崎が外を見ると、大勢の警察官、パトカー、報道関係の車が、教団本部をぐるりと1週取り囲んでいた。
”…。”
須崎は、窓から顔を背け、下を向き肩を落とした。
”納屋のものは全部バラせたか?”
”はい…。”
”それと…、木下達はいるか?”
須崎は、その信者(堅山)に聞く。
”先ほどから探しておりますが、木下(春樹)共同副代表、岡部さん、佐々木さん、石川さん達の姿が見えません。”
”分かった…、あいつらはもう戻らないだろう。”
”あいつらの家族、親類、交遊関係がある人物の家をかたっぱしから当たれ、”
”教団の車も使われてるかもしれない。今確認できる車を全部調べろ。”
”見つけ次第、必ず…ここに連れてこい。”
”抵抗されたら、多少手荒な事もしていい。”
須崎は、(ナイフ)を信者の前に放り出した。
第4話
”副代表…、これは…。”
“…。”
ブブブ…、ブブブ…、
須崎の携帯電話が鳴った。
須崎はポケットから携帯を出し、堅山に背を向ける。
”うん、うん、分かった。20人か…。とりあえず、そいつらでいい。頼むよ。すぐ連絡するから、そのまま、ちょっと待っててくれ。”
そう言うと、須崎は、電話を切った。
”…。”
須崎は携帯を戻し、堅山の方にゆっくりと向き直る。
”堅山…。ちょっと頼めるか?”
”はい…。”
”木下達(春樹達)の捜索は、また、あいつら(教団内の”捜索隊”)に依頼した。すぐ準備できる数は、20人だそうだ…。”
”…はい…。”
堅山は須崎の言葉を、黙って聞いている。
”うん…。どうするかな…。”
須崎は、再び振り返り、軽く俯いた状態で、右手の指先を眉~額に当て、指先で軽く眉から眉間の間をこすりながら、何やらボソボソと考えている。
堅山がよく見る、須崎の見慣れた後ろ姿。
須崎が考えごとをする時の癖だった。
須崎と堅山が居る、この(教団)本部の母屋は、田園地帯の中に建つ古い大きな日本家屋(民家)だ。裏手には、里山がそびえている。以前、教祖と春樹達がいた頃の本部は、日中は窓が開放され、日の光や風が通り抜ける気持ちの良い空間だった。
しかし、須崎が実質的な代表になった、ここ数年から、施設内の窓と雨戸は終日、全て閉ざされ閉め切られていた。行き場を失った室内の空気は、そこに留まり続け、冷たくジメジメとした、どことなくカビ臭い陰鬱な空気が、どんよりと母屋全体を包み込んでいた。
いつの頃か、母屋の端に巨大な空気清浄機が設置された。清浄機の裏側には、外気を取り込む通気口が開き、外の室外機に通じていた。上部からは、配管が伸び、分岐し天井の中を這うようにして各部屋に通じ、部屋の天井や壁に換気口を開けていた。清浄機がある母屋には、ゴーっという低く重い機械的な音が静かに鳴り続けており、近づくと、埃も一緒に吸い寄せるのだろうか、カビやほこりが混じり合う嫌な臭いがした。
外気を入れず、換気の一切を清浄機に頼っている母屋は、中に居る信者達を、外の世界から隔絶させている様に見えた。嫌な臭いと同時に、気狂いしそうな閉塞的な息苦しさを、そこに漂わせていた。
しかし、この常人には耐え難い、重苦しい陰鬱な空気は、堅山にとっては妙な落ち着きを感じさせた。この陰鬱な空気の中に、堅山は、須崎の存在を感じていた。それは、冷たく、重苦しく、息苦しい一方で、どことなく守られてもいる様な、妙な安心感を感じさせたのだった。
少しして、須崎は堅山の方に向き直り、
堅山と目を合わせた。
重苦しい空気がゆらゆらと揺れているのを感じる。
背後に、清浄機のゴーっという、
重く低いうんざりする音が鳴り続けていた。
“そうだな…、木下達の数に合わせるか…、
須崎はゆっくりと話始めた。
”…堅山。今からいう事を覚えておいてもらってもいいか?”
”はい…。”
須崎が話始める。
ゆらゆらしていた重苦しい空気は、須崎が言葉を発するたび、縮んでいた糸が徐々に一方向へ向かいピンと張っていく様に変化していく。
”まず、あいつら(捜索隊)に伝えてくれ。バンを5台用意し、そこに”捜索隊”を4人づつ乗せろ、と。”
”とりあえず、その5台で、市内をエリア別に分けて巡回させる。”
”バンには、1台づつスマホを常備させてある。その5台のスマホと本部のパソコン、全部の位置情報を共有して、お互いの位置を確認する。”
”連絡は、無線の代わりに、端末のZOOMアプリを連携させて、常時起動しておこう…。バンの現在地のモニタリングも、ここ(本部)で行い、何か動きがあれば、すぐここ(本部)から指示を出す。すぐに動けるようにしておけ。”
”全国の出家・在家の信者(通いの信者達)達にも、木下達の最後にここを出て行った時の写真と、服装の情報を流しておけ。それから、あいつら(春樹達)が使っている車も特定でき次第、その車種、色、ナンバーの情報も
流して、見かけたら、すぐここへ連絡させろ。”
須崎は、一つ一つ自分でも確認する様に、堅山に指示を出していく。
空気はさらに鋭く、ピンと張りつめていく。
”ここを、”ホットライン”にするぞ。”
”いいか、出来る限りのネットワークを使って、
とにかく、ここに情報を集中させろ。”
”ここ(ホットライン)には、本物の情報もガセも一緒になって、集まってくるが、全体を俯瞰して観ていると、ガセは大方見分けられる。これ以上の説明は出来ない…。あとは、やりながら感覚を掴んでくれ。堅山…、俺は、お前なら出来ると思う…。”
”堅山…、どうだ…、俺の変わりに(現場の指揮を)やってくれるか?”
堅山は一瞬たじろいだが、須崎の矢継ぎ早な指示と、その雰囲気に気押され、受け入れた。
”はい…。私でよろしければ…。”
”よし…。頼んだぞ…。”
須崎は、ゆっくりとポケットに手を入れ、手に取った携帯を、堅山に手渡した。
差し出された堅山の手は、かすかにふるえていた。
”堅山…。あいつら(”捜索隊”)に連絡してくれ。”
”あいつら(春樹達)を見つけ次第、必ず生かした(喋れる)状態で連れてこいと。”
”それと…、あいつら(春樹達)を取り押さえる時、暴れる様なら、それで2~3か所、軽く刺せと。”
”血を見ると大抵の人間は抵抗できなくなる。”
”怯んだ隙に攫ってこい…。”
”…。”
堅山は、思わず下を向く。
足元には、先ほど須崎が放り投げたナイフが落ちていた。
堅山がナイフに目をやるのを、須崎はじっと見ていた。
そして、念を押すように堅山に言う。
”同じもの(ナイフ)を、あいつら(捜索隊)も持ってる。使って構わない。”
堅山は、ナイフをそっと拾い上げた。
”…はい。”
ナイフを手に取ると、柄の部分に、“稲穂と鎌”が交差したロゴマーク、
”教団の印”が刻印されていた。
”…。”
このマークには、ある思いが込められていた。
おやじさん(教祖)がまだ健在だった頃。在家・出家を問わず、本部を訪れた信者達に、おやじさん(教祖)は、よく、田植えの作業を手伝うようすすめていた。そして、おやじさん(教祖)は、信者達と一緒に、強い日ざしが差しこむ田んぼの中で、泥に足を取られながら、腰を屈めては時折伸ばし、汗と泥にまみれて作業をしながら、信者達に向けて、よくこんな事を言っていたのだった。
”いいか、米ってのはなぁ、何気なく毎日食ってるけど、実(米)をみのらせるまでには、すごい労力と長い時間がかかってるんだぞ。”
”手入れをせにゃならんし、手入れしすぎてもだめだ。”
”稲はな、水や土(土の中の微生物や、田んぼを訪れる動植物達が生み出す自然のサイクル)、お天道様の力をいっぱいに受けて育つんだ。我々が出来る事といっちゃあな、稲がのびのびと育つように、その環境をちょっと整えてやる程度なんだ。よく見ててやらにゃあとな。”
”環境(天候不順、台風、害虫)によっちゃあな、どうしようもならん事もある。そんときゃあ、そんとき。潔くあきらめて、自然に返してやるんだぞ。いい肥やしになるでな。”
”米作りはな、自然と我々との合作だぞ。どっちか一方が良くても、一方がわるけちゃ成り立たん。自然は我々には合わせちゃあくれん。我々の方から合わせに行かにゃあ。”
”どんな稲もなぁ、立派に育てるには、時間がかかるんだぞ。我々だってそうだろう?最初からそういう風に出来てる。早く育つ稲なんてないし、我々の都合で、すぐに収穫できるってもんじゃない。”
”こんなにちっちゃい稲(苗)がな、初夏から秋までかけて生き抜いて、生み出した最後の結晶が稲穂(米)なんだ。”
”毎回な、感謝して食べてやらんとな。”
数年前、須崎は、春樹達を幹部の座から失脚させた。その後(春樹達を失脚させた事で)一時バラバラになり壊れそうだった教団内の雰囲気を、肌で感じた須崎は、教団内の意志を再び統一できるよう、出会った頃の、この教祖(おやじさん)の姿を思い出した。そして、その意を汲み、それを、このマーク、”印”に具現化して表現し、その思いを込めた。
その後、この”印”は、多くの信者の共感・支持を得て、教団公式の”教団の印”として、認められる事となった。
以降、須崎に近しい者、熱心な信者達は、肌身離さずこの”教団の印”を身につけるようになった。
堅山の首元にも、細いシルバーのペンダントがかかっている。そのペンダントトップの中にも、”教団の印”が刻印されていた。
堅山は、行き場を無くしたナイフを、そっと服の中にしまった。
”あとは、あいつら(捜索隊)が良く分かってる。
手際よくやってくれるだろう。”
”…。”
”全く…。”
“警察にリークしたのも、多分、あいつら(木下達)だろう…。何をしようとしているのかは、大体想像がつくがな…。”
”(須崎)副代表…。聞いても良いですか…?”
”…。”
“(木下)副代表達は何をするつもりなんです…?
まさか…、あの事をリークする気じゃ…。”
”…。”
須崎は、悟ったように静かに返した。
“あぁ、多分な…。”教団の武装化”に関する事を表に出すつもりだろう…。
それで、あいつら(春樹達)自身と、俺。周りの幹部達を一斉に拘束させるつもりだ。”
”武装化に関しては、俺達も色々やりすぎたからな…。何重にもクッションを入れ、対策はしてあるが…。正直、あいつらがどこまで知っていて、どこをつついてくるのか…、そこまでは分からん。”
”捕まるんですか…?(木下・須崎)副代表たちは…。”
”あぁ…。立件されたらな。ほぼ間違いなく捕まるだろう…。”
あまりに多くの事が目の前で起きすぎていた。
あっという間に本部に詰め寄せ、とり囲んだ警察の車両とマスコミ、
(木下)副代表達の逃亡、リーク、武装化、拘束。
堅山は、押し寄せてくる情報をうまく処理できない。
“…。”
空白を埋めようと、咄嗟に出た、須崎への声かけは、堅山が須崎に本当に聞きたかった内容ではなく、面白みのない定型的な質問だったと気づいたのは、堅山が須崎に声をかけ終えてからだった。
”須崎副代表…、あの…。先程の(木下)副代表たちの捜索の件ですが…、(木下)副代表たちは、もう遠くまで逃げているかもしれませんし、警察の保護対象になって、どこかに匿われてるかもしれません…。出家・在家信者へのホットラインについては、その対応でいい気がしますが、(”捜索隊”への)捜索範囲の指示は、市内だけで大丈夫なんでしょうか?”
須崎は、静かに答える。
”あぁ…。とりあえず、今は市内だけでいい。
捜索範囲の”面”を拡げると、そのぶん”穴”も大きくなる。
まだ市外へ出れる程、時間はたっちゃいない。
遠くへ逃げれるのかもしれんが…、
俺は、なんとなくな…。
あいつら、市内にいる気がするんだ…。”
”警察も、まだ、事件として扱うまでは、
あいつらを保護することはできないだろう。”
”あいつら(春樹達)は、武装化を立証する為の、
何かの証拠を持って警察に駆け込む気だ。”
”その証拠が認知され、事件として扱われるより前。
警察があいつらを保護対象にするより前に…、”
”俺達が先にあいつら(春樹達)を捕まえてやる。“
”一人捕まえればそれで良い。
知っている事、やろうとしている事、
仲間の居場所、全部吐くまで、
”総括”を続けてやる…。”
”その後は…、(木下)副代表達は…、どうなるんです…?”
”…。”
”まだ、お前はそこまで、考えなくていい…。
とりあえず、今はあいつらを捕まえる事だけに集中しろ。”
”必ず連れてこい…。
じゃなきゃ、ここも、俺たちももう終わりだ…。”
“…。”
”須崎副代表…、本当にこれで…、”
堅山は怯えていた。
小さく震えるその肩に、一人では背負いきれない、
重く大きなものがズシリと乗っていた。
今の堅山に状況を飲み込める余裕はなく、
重みに耐えきれないその足腰は、
今にもグシャリと潰れそうだった。
”堅山…、”
”…ごめんな。”
須崎が声をかける。
”でも、俺は、これを他の幹部連中じゃなくてな、
お前に頼みたかったんだ…。”
”お前なら、理解し、最後までやり遂げてくれると思ってな…。”
”…。”
須崎は、自分の左胸に軽く手をやった。
手を置いた服の下には、稲穂と鎌が交差する
”教団の印”が刺青として彫り込まれている。
墨を彫り込む時のしみ入る様な激痛、消すことの出来ない覚悟を、
あのときの記憶として、須崎は自分の身体と記憶に刻み残したのだった。
左胸に手をやると、今は痛みがないはずの、その彫り物が
不思議と奥の方でチクチクと疼きだすのだった。
その痛みを覚えると、須崎は、あのときの記憶をうっすらと思い出す。
陰鬱なピンと張りつめた空気は、次第に熱を帯び始めていく。
須崎は、堅山の首元から覗いている、ネックレスに目をやった。
小さく震える堅山の首元で、それは鈍く光っていた。
”大丈夫だ、堅山…。俺がついてる。
それに…、おやじさん(教祖)も…。”
”心を…、強く持て…。”
”試されてるんだ…。俺たちは。こんな所で…絶対負けない…。”
堅山は立っていた。
今にも崩れ落ちそうになりながら、
それでもそこに立っていた。
”…はい。…ありがとうございます…。”
”すぐ…、連絡して、向かわせます。”
堅山は、受けとった携帯を、リダイヤルし、”捜索隊”に指示を出した。
”…。”
”堅山…、この先は、もうどうなるか分からない。先に礼を言っておくぞ。”
”ありがとな。いままでついてきてくれて…。”
“…。”
”なりゆき上、あいつら(春樹達)を、失脚させる事になってしまったが、ここ(教団)はもともと、おやじさん(教祖)とあいつらと一緒に育ててきた場所だ。俺にも思い入れがある…。”
”ここは、本当に大きくなった…。当時じゃ考えられんくらいにな…。色んな人が集う様になったが、この中には、当時の俺や、あいつら(春樹達)みたいに、社会からはじき出された様な人達も多くいる。ここは…、そういう人達の受け皿にもなってきたんだ。”
”俺が会議で、あいつらを失脚させた、あの時。俺も、代わりに何かを捨てたんだ。今になって改めてそう思うよ。後悔がなかったかといわれたれれば噓になる。だが、ここ(教団)を、社会から守る為に、あいつらを外すしか方法が無かったんだ。あいつら(春樹達)のやり方じゃ、甘すぎる。ここを守りきれないんだ。”
須崎は続ける。
“選挙で負けた時…、俺たちがマスコミに叩かれた時期があったろ。”
堅山は思い出していた。
数年前、教団が抱えていた政治団体を、直接国政に参加できる政党として認可させる為、教団の幹部達の中から(教団の名を伏せた状態で)国政選挙に何名か候補者を出馬させた事があった。しかし、結果は全ての選挙区で候補者は落選した。
その後、その政治団体と教団の繋がり、教団が抱える複数の関連企業との繋がりをマスコミに指摘され、教団や教祖、信者達へのバッシングが始まるようになった。
一部の信者の中には、個人情報が晒され、危険な目に合う者もいた。
おやじさん(教祖)は、高齢だったが、教団の代表として、連日マスコミの対応に追われ、プライベートも関係なく一日中、記者に追い回された。
ある日、一人で本部の近くをヨロヨロと歩いていたおやじさん(教祖)は、記者につかまり、連日繰り返される同じ問答を、延々と迫られた。
その対応中、おやじさん(教祖)は、記者達の前で、急に倒れて意識を失った。駆け寄った信者達の対応で、すぐに近くの総合病院に救急搬送され、救命措置がとられた。処置により心拍は再開、自発呼吸可能な状態までレベルは回復したが、意識が戻る事は無かった。その後、容体が落ちついた所で、教団の関連病院に転院となり、今もそこで意識がないまま眠り続けている。
一連の事態は教団の教祖(おやじさん)が倒れた事で、一旦幕引きの様な状態になり、バッシングは大きくなる前にしぼんでいった。
須崎は静かに言った。
”あいつらが、おやじさんを殺したんだ…。
そして、あの時。
俺達は、おやじさんを守る事が出来なかった…。”
”あのとき、俺の中で、また世界が2つに分かれたんだ。
こちら側と、あちら側にな…
一度は…地続きでつながっていたのにな…。”
”…。”
”堅山…。おやじさん(教祖)を殺した”あいつら”ってだれか分かるか?”
”おやじさん(教祖)が倒れた後、一切責任をとらず、
スッといなくなった”あいつら”ってのは、だれか分かるか?”
熱を帯びていた陰鬱な空気は、さらに熱を上げていく。
”マスコミ…でしょうか…?”
”違う…、それだけじゃない…。”
”選挙の内部事情をリークした人間、させようとした人間、
落選の裏側には、選管がらみの陰謀があったかもしれん。
それを(教団本来の実態の確認もせず)誇張し拡散したマスコミ。
全部が責任を分散させながら、俺達を社会から締め出す方向へ押し流していった。そそのかしただけ…、リークしただけ…、取り締まろうとしただけ…、報道しただけ…。その”だけ”が重なった結果が、一人の人間の命・人生を奪ったんだ。”
”…。”
”その大元にあるものは、何か分かるか?”
”…。”
堅山は、首を小さく横に振った。
”それを操る”力”として背後にあるのが、警察組織や国家権力だ。”
”司法や行政を盾とし、人の恐怖をあおり、体制側に都合がいいように、いくらでも人をコントロールできる…。”
”そして、一番恐ろしいのは、それに煽動させられる人の心…。
自らの意志ではなく、煽動され、巨大に膨れ上がった人の民意だ。”
”その全てが、”あいつら”の正体だ。”
”そして、”あいつら”に、一度敵として認識されてしまった俺達は、
今後も、敵となり続け、その”力”で、徐々に、ねじ伏せられていく事だろう。”
”あの日から、俺は、”あいつら”の敵になると誓った。”
”あの日、守れなかった、こちら側を守るために。”
熱い。冷たく、陰鬱だったはずの室内が、今は熱かった。
須崎は、苦痛を伴いながら、堅山に…、いや、他の誰でもなく…、自分の心の奥の襞を徐々に開示している様だった。
須崎の独白は、続く。
堅山は、黙って耳を傾けていた。
”そのために、俺達は、”あいつら”に負けない、”力”をもたせてもらった。”
”あの日以降、俺は、信者への献金(月謝)を義務化し、その資金を集めた。当時、全国に信者は1万人以上いたから、一気にとんでもない額の金が集まった…。専門家を引き入れ、資産や資金の運用、企業買収や事業投資、起業・開発。手当り次第に何でもやった…。”
”人、物、金。すべての面で教団の規模をさらに拡大した。活動は、さらに奥へ奥へと潜り、社会の基幹分野を担う産業・省庁に、信者を送り続け、そのネットワークを構築し、”あいつら”の一部に浸潤していった。その中で、教団内の規律を徹底するため、”総括”の導入や、教団の武装化を進めていった。”
(そして、あの計画、”あれ”についても…)
”あいつら(春樹達)と、あいつらの一派は、最後まで俺のやり方に反対していた…。これは、おやじさん(教祖)が望んでいた事ではなく、むしろ一番反対していた事ではないのかと…。”
”あいつら(春樹達)は、教団側からの対話や、働きかけによって(社会に対し、教団を開示していく事)で、社会・体制側に理解を求め、共存を図ろうとした。教団のそもそもの成り立ちが、社会と対立するものではないと主張した。あいつらの意見に賛同するものも多く、俺もその考え自体は、否定しない。”
”…。”
”だが、人間ってのは、そんなに綺麗には出来てない。それで一定の理解者は得られるかもしれんが、共存できる程甘くない。一度、外側から張り付けられたレッテルは、こちらからは剥がせないんだ。そして、何かの拍子で一度勢いがついた渦は、もう誰にも止める事は出来ない。あの時と同じように…。”
”もう一度、俺たちの裏の部分が、表に出れば、間違いなく、”あいつら”の”力”で、ここ(教団)は一気にねじ伏せられる。”
”関係者は捕まり、ここ(教団)は、公安の監視対象となり、マスコミの標的となる。犯罪者のレッテルを貼られ、ここ(教団)の信者達も一生糾弾されながら、生き続ける事になるだろう。ここ(教団)を失うという事は、ここを頼りにしている信者達の居場所を失う事だ。そして、おやじさん(教祖)の存在を否定するという事だ…。”
”俺は、あいつら(春樹達)に比べて、人気も人望もない。今の俺の周りの幹部連中だって、俺の立場にすがりついている様な奴らばっかりだ。”
”あいつらを外した日…、俺もあいつら(春樹達)一派から、同じように追い落とされる覚悟をしていた…。”
”だが、俺はここに残り。今、お前とこう話してる。
これは、俺の錯覚かもしれないが、俺は何かに、成す事を成せと背中を推されているように感じたんだ。”
”教団の負の部分に関しては、指示をだした俺に全責任がある。”
”堅山…、この先な…、お前が捕まる様な事があったら、全部、上(須崎)から言われました。私達は何も知りませんでしたと。内容を一切知らされず、言われるがまま動いてきましたと、そう言えよ。他の奴らにもそう伝えてくれ。”
”実際、俺がもう、そういう仕組みにしてあるんだ。”
”それ位の事はさせてくれ。”
”だが…、事の成り行き次第では、”あれ”を実行に移す事になるかもしれん。
お前には、直接伝えた事はないが、”あれ”の噂だけは聞いた事があるだろう…。”
”…。”
”その時は…、残れるものだけ残ってくれ。
望まないものを巻き込みたくはない…。”
張り詰めて熱かった室内の温度は、徐々に下がっていく。
堅山は、そこに立って、そこに立って、須崎の独白を聞いていた。
”あの会議の日以降…、俺は、外部のものや、俺を支持する幹部以外、周りに人を寄せ付けなくなった。元々俺の周りにいた近しい人は(春樹達も含め)、波が何度も押しては返すようにして徐々に居なくなっていった…。”
”堅山…、お前は、そんな中で、最初からずっとついてきてくれたな…。俺は、お前に何も言わなかったが、それが俺にとって、どれほど心強かったか…、本当に嬉しかったぞ…。”
”須崎さん…。俺は…、俺は…。”
堅山は、須崎が抱えているものの重さを、陰鬱で気狂いしそうな息苦しさの裏側を、それが、たった一人で教団を守ろうとし戦ってきた後ろ姿であった事を、垣間見た様な気がした。
須崎に伝えたい事がいっぱいあった。
だが、それは川底の小石が集まり、それが流れをせき止めてしまう様に、喉から先に言葉が詰まり、声に出すことが出来なかった。行き場を失った思いだけが溢れ、それは熱い熱い涙となって、目頭から零れ落ちた。
須崎は、堅山に向かって、軽く手で静止した。
そして、何度か軽くうなづき、軽く微笑んだ。
”よし、正面の玄関を開けろ。後は俺が対応する。”
”教祖…、いや、おやじさん…。おやじさんの事は俺が絶対に守るからな…。”
須崎は心の中で呟いた。
表玄関の扉が開き、警察官、報道の記者、カメラが、
須崎の前にどっと押し寄せた。
”おーい!来た!来た!、来たぞー!”
先陣にいた記者が、後ろの記者達に向かって叫んだ。
無数のフラッシュがたかれ、須崎の顔が、姿が、
白昼の空の下、無慈悲に浮かび上がらせた。
須崎に群がる人の群れは、間違いなく”渦”であった。
その”渦”の中から、一人の年配の刑事が、須崎の前に押し出た。
その年配の刑事は、後ろの”渦”を制しながら、
須崎の眼を見て静かに言った。
”教団、副代表の須崎だな。”
”はい。”
須崎は、毅然と返事をする。
“私は、所轄の月島というものだ。”
“副代表の木下から色々事情を聞いている。”
“…。”
”何で来たかは、分かってるな?”
”…。”
“通してくれるな?”
刑事の手には、”捜索差押許可状”が握られている。
“はい…。”
”どうぞ。こちらへ。”
須崎は、半身を返し、開いた手を本部の中へ差し出した。
”うん。”
月島は、部下数名を引き連れ、教団本部の中へ消えていった。
月島達が通った後、正面の玄関は閉じられ、規制線が張られ、報道陣は規制線の外に締め出された。
報道陣の無機質なカメラは、規制制の外から、月島達の後ろ姿、そして閉じられた玄関の門をじっと見つめていた。
<次号へ続く>
※本日もお疲れ様でした。
社会の片隅から。徒歩より。
第3話。
