心の境界線をほどいた供養――九州の漁師町で故人が教えてくれたこと【法事】
幸せの架け橋カエル 🐸43話
あなたは最近、亡くなった大切な人のことを思い出しましたか。
ふとした瞬間に、
声や笑顔、背中のぬくもりがよみがえる。
もしそうなら――
それは偶然ではありません。
今のあなたの心が、
少し固くなった境界線を
やわらかく見つめ直してほしい、と
静かに知らせている合図かもしれへん。
田舎のあたたかさ
どうも、著者です。1月の終わり━
私は親族の法事のため、九州の小さな漁師町を訪れていました。

波打ち際に、何十年分もの時間がそっと置き去りにされたような町。
入り組んだ路地、蛇行する石段、道端で静かに佇むお地蔵さん。
斜面にはミカン畑と、濃厚な潮の香り。


昭和の面影を残す酒屋の軒先に立ったとき、
胸の奥がきゅっと締めつけられるような懐かしさに包まれました。
けれど、この町の豊かさは、風景だけではありませんでした。
近所へ挨拶に回ると、数分もしないうちに「真心」が形になって返ってきます。
海から揚がったばかりのタコやナマコ。
潮の香りを閉じ込めたアジのみりん干し。
太陽をたっぷり浴びて育った、はち切れそうなミカン。

私はそのとき、はっきり感じました。
――ああ、なんてありがたいことか。
何かを与えれば、思いもよらない温かさとなって戻ってくる。
この町には、人と人の間をめぐる“循環”が生きていました。
その夜、近所の方々から分けていただいた
新鮮な海の幸に舌鼓を打ちながら、
私は静かに、この場所で生きる人たちの豊かさに酔いしれていました。

和尚様のありがたいお言葉
翌朝10時。
潮騒を遠くに聞きながら、法事が始まります。
現れたのは、凛とした佇まいの女性和尚。
結婚もせず、ただ仏の道を歩み続けてきた人生が、その背中に静かな説得力を宿していました。
お経が終わり、部屋に静寂が落ちたあと、和尚様はゆっくり語り始めました。
私は思わず、姿勢を正していました。
💬「ウクライナ出身の僧侶、ビクトリア・ポポヴァさんは、こう説いています」
そして、私たちにこう促しました。
💬「目を閉じて、亡くなった大切な方を、ありありと思い浮かべてください」
私は叔母の顔を思い出しました。
祖父の声も、ふっと浮かびました。
そのあと、和尚様は静かに言いました。
💬「亡くなった方は、あなたの心という鏡に映し出される存在です。
あなたが自分を愛し、懸命に生きること。
それ自体が、あの方への何よりの供養になるのですよ」
その瞬間、胸の奥で何かがほどけました。
心理学では、これを「投影」と呼ぶそうです。
私たちは、無意識のうちに、自分の内側を外の世界に映し出している。
つまり――
思い浮かぶあの人の表情は、
そのまま“今のあなた自身”なのです。

面影に気づく
気づけば、私は涙を止められなくなっていました。
まぶたの裏に浮かんだ叔母と祖父は、
驚くほど穏やかで、優しく微笑んでいたから。
まるで今ここで、
私の肩をそっと抱き寄せてくれているような感覚。
そのとき、はっきり思いました。
「ああ、私は今、自分を大切にできているんだ」
彼らの笑顔を通して、私は自分の“現在地”を知ったのです。

共に生きるということ
人は多かれ少なかれ、生きていればいつか、
大切な人との別れを経験します。
けれど、それは断絶ではありません。
もしあなたが、日常のふとした瞬間や、
静かなお墓参りのときに彼らを思い出したなら――
少し目を閉じてみてください。
彼らは今日も、あなたの心のどこかで、
静かに笑っている。あなたが思い出したその瞬間、
境界線の向こうからも、
きっと同じように見守っている。
あなたがあなたらしく、今日を懸命に生きること。
それが、空の向こうにいる大切な人へ届く、
いちばん確かな贈り物です。
そして今この瞬間、
あなたの心に浮かんだ“あの人”へ、
そっと「ありがとう」と伝えてみてください。
その言葉は、境界線を越えて届くだけじゃなく、
やがて生きた言葉となって――
あなた自身の心を、静かに癒していきます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
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