『またな』と言われた卒業式
『しずくの気持ちはどうなんだよ!?』
そう言われた時、私は答えられなかった。
本当は、好きだった。
でも私は、下を向いたまま、
「友達だと思ってる」
と答えた。
それが、私にできる精一杯だった。
高校時代の話である。
私には、好きな男の子がいた。
だけど、その想いを口にしたことはなかった。
言葉にしてしまった途端に、今ある関係が壊れる気がしたから。
休み時間になると、彼はいつも私の席の前の椅子に座った。
椅子をぐるっとこちらに向けて、話しかけてくる。
前の席が空いていなければ、今度は通路を挟んだ横まで来る。
『やっぱ、廊下側って落ち着くよね。風も入ってくるし、校庭見えるからさー』
そんな他愛もない話から始まる。
テレビの話。
授業の話。
先生の話。
『休みの日、何してんの?』
そんな話。
私は、自分から彼の席へ行くことはほとんどなかった。
それでも彼は、休み時間になると私のところへ来た。
席替えで近くになれば、授業中でも話しかけてくる。
私にとっては、それが日常だった。
学校へ行く。
彼と話す。
それだけで、毎日が楽しかった。
付き合いたいと思ったことさえ、なかった。
ただ、この時間が続けばいい。
それで十分だった。
彼は男友達も多く、みんなから好かれていた。
頭の回転も速くて、話も面白い。
リーダータイプで、スポーツもできた。
だから、彼を好きな女の子は、他にもいたと思う。
でも私は、そんなことに気づいていなかった。
だから、ある日の放課後。
彼が、
『しずくー!また明日な』
と言って帰ったあと。
一人の女の子が、私のところへやって来た。
『しずくさんって、〇〇君と仲良いよね。付き合ってるの?』
「ううん、友達だよ。話しかけられて、喋ってるだけ」
そう答えた。
本当は、彼のことが好きだった。
でも、その気持ちは誰にも言わなかった。
今の関係が心地よかったから。
ところが、彼女は思いもよらないことを言った。
『良かったぁ。いつも喋ってるから、好きなのかと思ってた。私ね、〇〇君好きなの。だから、協力して欲しい』
……え?
頭の中で、言葉が一気に回転した。
その子は、後ろに友達を二人連れていた。
そして、私に頼んだ。
『休み時間になる度に、私のことを呼んで欲しいの。自然な感じで。二人の会話に加わって、三人で話せるようにして』
私は思った。
……私に頼むのか。
好きで付き合いたいのなら、自分で気持ちを伝えればいいんじゃないの?
そう思った。
でも、口には出さなかった。
そして、もう一つ。
私自身の気持ちも、頭の中で必死に整理していた。
私は彼が好き。
でも、この気持ちは誰にも言わないと決めている。
なら――
私が気持ちを押し殺して、納めてしまえばいいんだ。
橋渡しか。。
どんなふうに、自然な感じで呼べばいいんだろう。
そう考えて、私は言った。
「うん、分かった。明日からは休み時間のたびに〇〇さんを呼ぶね」
家に帰ってからも、葛藤はあった。
でも、
仕方ない。
これでいいんだ。
そう自分に言い聞かせた。
翌日。
いつものように彼が私の席の近くへ来た。
私は初めて、
「〇〇さーん」
と、その女の子を呼んだ。
彼は、
『え?』
という顔をした。
何も聞かなかった。
私は、彼の顔を見なかった。
「〇〇さんもね、そのこと凄い詳しいみたいだよ! 三人で話した方が楽しいし! ね?」
彼の顔は、固まっていた。
最初から、不機嫌そうだった。
私は、それに気づいていた。
空気が少しずつ凍っていくのも分かった。
でも、分からないふりをした。
これでいいんだ。
私は、そう思い続けた。
休み時間になるたびに、その子を呼んだ。
三人で話す。
彼女が笑う。
彼の笑顔は、少しずつ減っていく。
私は、それを見ないようにした。
ある日、彼女からさらに頼まれた。
『三人で話してて、前より会話が少なくなってない? でも慣れるよね。今度は、私と彼の会話が盛り上がり始めたら、二人だけになるように持っていって欲しいの』
私は、何も言えなかった。
そして、三人で話したあと、
「ちょっとお手洗い行ってくる」
「ちょっと席を立つね」
そうやって、二人を残すようになった。
悲しかった。
でも、
もう、しまったんだ。
これでいいんだ。
そう、自分自身に言い聞かせた。
ある放課後。
彼女がいない時、彼が私を呼んだ。
『しずく、何であの人呼ぶようにした訳?』
私は、彼の目を見なかった。
怖かった。
目を見たら、自分の気持ちを見透かされそうだった。
「二人で話すよりも、三人で話した方が楽しいから……」
嘘だった。
本当は、
二人で話す時間が一番楽しかった。
すると彼が言った。
『これからも、アイツ呼ぶのかよ!?』
私は答えられなかった。
『そんなに、あの人と俺をくっつけたい訳?』
そして、
『しずくの気持ちはどうなんだよ!?』
……。
すぐには答えられなかった。
心の中には、蓋をして鍵をかけた気持ちがあった。
もう伝えないと決めた気持ち。
本当は、
好きでたまらなかった。
心の中で、強くそう思った。
頼むから、分かってくれ。
そう思いながら、下を向いた。
「友達だよ」
『しずく! 聞こえないよ!』
泣きそうだった。
だから、下を向いたまま、
「友達だと思ってる」
それが精一杯だった。
彼は言った。
『分かったよ! そんなにアイツと俺を付き合わせたいのなら、二度としずくの席には近づかない!』
『二人の会話が楽しかったのに……。しずくの気持ちは分かった!!』
そう言って、彼は去っていった。
私は、その場に立ち尽くした。
追いかけたかった。
違う。
違うんだ。
そう伝えたかった。
でも、追いかけなかった。
その日の帰り道、私は泣いた。
それでも、
これでいいんだ。
そう、自分に言い聞かせた。
翌日から、彼は本当に私のところへ来なくなった。
いつもなら休み時間になると、私の席の前にある椅子に座っていた。
でも、もう来ない。
何気ない日常が、少しずつ壊れていくようだった。
来てほしい。
心の中では、そう願っていた。
前の席が空いていると、その空席を見つめた。
窓際から校庭を見ながら話していた彼の姿を、心の中で追った。
そこにいるはずのない彼の残像を。
そして、私は知った。
彼は、その女の子に直接言ったのだ。
『俺は〇〇さんと会話して、楽しいと思ったこともない』
『俺は、しずくと話す時間が楽しかった』
『だから、もう話しかけて来ないで欲しい』
それを聞いた時、
私は思った。
私が、自分で壊してしまったんだ。
彼と話す時間が楽しかったのなら。
私が、自分でその時間をなくしてしまった。
めちゃくちゃ後悔した。
そして、その女の子は、彼にそう言われたことで、私を恨むようになったのだと思う。
それから、私は男の子の友達も失った。
女の子や、その取り巻きのような子たちからも嫌がらせを受けた。
楽しかった日常は、一気に変わった。
私の心には、穴が開いていった。
それでも時間は過ぎていく。
高校生活も終わりに近づいた。
そして、卒業式の日。
私は、もう彼と話すことはないと思っていた。
ところが。
彼が、私に話しかけてきた。
『しずく、またな』
私は泣いていた。
それでも、笑った。
「うん、またね」
彼も、涙を浮かべていた。
それが、私たちの最後の会話だった。
今の私が、あの頃の自分のところへ行けるなら。
「こうすればよかったよ」
とは言わない。
「好きって言えばよかったのに」
とも言わない。
その時の私は、その時の自分にできる精一杯を考えていた。
だから私は、
ただ隣に座る。
何も言わずに、背中を撫でる。
そして、抱きしめる。
それだけでいい。
あの時の自分が選んだことを、
今の私が否定したくないから。
あの頃の私には、
あの頃の私なりの、
「これでいいんだ」
があったのだから。
そして今でも、あの日の「またね」を思い出す。
泣きながら笑った、あの卒業式を。
高校時代の私にとって、
彼と話すことは、
それだけで小さな幸せだった。
だから――
あの頃の私。
よく頑張ったね。
もう、自分を責めなくていいよ。

