焙煎屋を小さく始めた理由
初稿でお話したように、中学時代から珈琲の世界に憧れていました。
それでも一度は警察官という道を選び、その仕事に打ち込んできました。
「いつか自分の喫茶店を…」という現実味を帯びていない遠い情景を見ているような感覚で過ごす中、2021年に焙煎機を購入しました。(コロナ禍で1人時間との向き合い方を模索していたんでしょうね。)
手焙煎にも惹かれたけれど、最終的に心を掴まれたのは、レバーやバルブ操作が必要で、メーターで状態管理をする、車やバイクを運転するような操作感でした。
その中で選んだのが、フジローヤルのdiscovery。
生豆投入量250g。
巷ではテスト焙煎機として使われることも多く、小さな自家焙煎珈琲屋で見かけるサイズだけど、焙煎屋としてはかなり小さい。
どんな土地でも持って歩けるようにプロパンタイプ。パソコンに繋げてログを取れるオプションもあったけど、手書きでログを取るという作業に意味があるような気がして、選択しませんでした。
車もバイクも、オートマチックよりマニュアルに惹かれるのです。
コンピューターの介在を嫌っているわけではないのですが、操作のダイレクト感や、挙動を自分のコントロールできる範囲で認識する感覚が好きなんです。
それによって初めて、自分自身のスケール、技術の身の丈を知れるというか。
話は少し逸れましたが、
今思えば、その頃からもし珈琲屋を始めても、手広くはやらないだろうなと、なんとなく考えていました。
だからコイツとずっとやっていこうと。
資本主義の文脈でいえば、焙煎をビジネスにするなら、将来の販路拡大を見据えてもっと大きな焙煎機を導入するのが正解だったのかもしれません。
でも、組織を辞めた僕の次なる章のテーマはスケールダウンした世界で、自分の人生の喜びや人との関係性の“解像度”を高めること。
そのためにはまず、周りにあるものすべてを等身大にする必要があったのです。
だから焙煎量も、
自分の感覚と判断がきちんと届く範囲にしたかった。
仕事を辞めてすぐ箱を探して店を構える事も選択肢としてはあったんだと思います。
「さっさとやれば良い。」そんなアドバイスを頂く事も多々ありました。正直揺れたし、僕の恐怖心を見透かされているようでもあり、無責任な言だとも思いつつ、この業界はその一見乱暴なくらいの勢いが必要なんだと暗示をくれているのかなとも受け取りました。
だけどそれは僕にとっては階段を10段ぐらい飛ばすように思えたのです。
飲食業には飲食業のモラルや常識、慣習や構造があるはずで、公務員だった僕にはカウンターの内側はブラックボックスで、それを知る必要があると思ったからです。
だからまず飲食業のアルバイトから始めたのです。
生活も然り。
住んでいたガレージ付きアパートを引き払い、それまでの家賃の1/2の、学生に戻ったような1Kアパートに移り住み、飲み歩きはおろか外食もできなくなり、自炊の為にスーパーに並ぶキャベツの値段を睨んで買い物をするようになりました。
アルバイトを掛け持ちし、20歳も下の先輩に接客や調理を教わりながら、食べていけるギリギリの生活水準を模索する2年でした。
生活のダウンサイジング。
一時は一家を養えるくらい余裕のある給料を貰いながら、職場では10人にも及ぶ係員を持つ係長として机を構えていた自分が一転、見た目とは裏腹の経済事情のギャップに、かなり情け無いオジサンに映っていたと思います。
人としてのプライド以外のプライドは仕事を辞めた時に捨てたつもりでしたが、ダウンサイズする事は、想定以上に苦しかった。
給料は1/3、住まいも1/2、肩書きも無くなる。(こうやって文字にすると実感増すなぁ。)
でも後悔はまだ一度もしていません。
苦しい中でも生きる事の解像度が上がってくる手応えは感じていたから。
それからは
職を辞した後も焙煎は続け、じっくり自分の焙煎機と向き合い、まず自分の相棒としての理解を深めるとともに、焙煎の再現性を求めて焙煎に励みました。(その作業自体がギリギリ僕を僕として立たせていると信じられる柱のようなものでした。)
アルバイト先で自分の焙煎豆を使って珈琲を出させてもらいながら、責任を持って世に出す物として真摯に向き合ってきました。
2025年に個人事業主として開業し、ECサイトを開設しました。
ECサイトは目標ではありません。
生まれて初めてビジネスという枠組みを自分で作り上げて、そこから派生する食品衛生責任者の資格や、開業届、会計帳簿や在庫管理など諸々の仕組みを作る事が目的でした。
そもそも僕の次の章には「仕組みを作って隠居する」というルートはありませんでした。
仕事は、僕にとって社会と関わるための大事な接点です。
できることなら、死ぬまでその手応えを感じていたい。
誰かに任せれば、そこには組織が生まれ、他人への期待や落胆も生まれる。
自分の行動責任以外の部分で、
他人の振る舞いに一喜一憂することになる。
それは、かつて身を置いていた組織と、構造的には何も変わらない気がするのです。
そんなことなら最初から組織を去らなかった。
だから僕は大きくすることよりも、
“手を離さずに続けられるサイズ”
を選んだのです。
