『でも、だって、何で!?』家族に苛立った時に考えること
「またか」が積み重なった朝
朝、キッチンに行って冷蔵庫を開けた。
そこには、飲み終わったエナジードリンクの空き箱。
「……なんでゴミ冷やしてんの?」思わず心の中でツッコむ。
机の上にはAmazonの段ボール。床には、片付けられていないコンビニ袋。
一つ一つは、たいしたことではありません。
最初は、
「忘れてたのかな」
「疲れていたのかな」
そう思って流していました。でも、同じことが何度も続く。
「片付けてね」と伝えても、返ってくる言葉はいつも、「忘れてた」でした。
そして、決定打になったのが、その日の朝。
前日の夜、夫がお酒のおつまみとして食べたものを、そのまま放置していました。
朝には傷み、虫までたかっている。食材は捨てるしかありません。
その光景を見た瞬間、今まで我慢していたものが一気にあふれました。
「また忘れてたの?」
「忘れてたって、何回目?」
「忘れたんじゃなくて、そもそも頭の中にないんじゃないの?」
そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回りました。
でも、私は目の前の食べ残しだけに怒っていたわけではありません。
何度伝えても変わらないこと。
そのたびに「忘れてた」で終わってしまうこと。
積み重なった「またか」という気持ちが、限界を超えてしまったのです。
娘へのイライラも、実は同じだった
最近、もう一つ私を悩ませていることがあります。
娘の、「YouTube見る!」です。
もちろん、YouTubeを見ること自体が悪いわけではありません。
でも私は、
「これなら楽しんでくれるかな」
「一緒に遊べるかな」
そう考えて、遊びを用意することがあります。
それなのに、数分もしないうちに、
「YouTube見る!」と言われる。
その瞬間、
「もう飽きたの?」
「せっかく準備したのに……」
と苛立ちと落胆の気持ちを感じてしまう。
私は今まで、怒りを「発散」しようとしていた
怒りを感じるたびに、私はいろいろな方法を試してきました。
「きっとストレスが溜まっているんだ」そう思って、
ゲームをして気分転換する
好きなものを食べて自分を甘やかす
「筋肉こそ正義!」と意気込んで、運動をして気持ちを切り替える
そんなことをしてきました。
でも、どれも長続きしませんでした。
ゲームをしている間は楽しい。
好きなものを食べている瞬間は幸せ。
運動を始めた時は、変われる気がする。
でも、その後に必ず別の感情が出てきました。
「また時間を使ってしまった」
「食べ過ぎてしまった」
「結局続かなかった」
そして、今度は自分自身にイライラする。
一時的にスッキリしても、また同じ場面で同じように怒っている自分がいる。
そこで、ふと思いました。
私は怒りを解決していたのではなく、ただその場の苦しさから逃げようとしていただけなのかもしれない。
怒りに悩む人は、どう向き合っているのか
「これって、私だけなのだろうか」そう思い、家族へのイライラについて調べてみました。
すると、多く挙げられていたのは、「怒りをなくす方法」ではなく、「怒りとどう付き合うか」という考え方でした。
例えば、
怒りのピークでは、すぐに言葉にしない
一度その場を離れて気持ちを落ち着ける
自分の気持ちを書き出して整理する
落ち着いた状態で相手に伝える
一人で抱えきれない時は誰かに相談する
という方法です。
そして、その中で私が特に気になった言葉がありました。
「一次感情」です。
怒りの下に隠れていた、本当の気持ち

その下には「一次感情」が隠れているそうです。
私は、自分の気持ちを当てはめてみました。
不安「あと何回言えば分かるんだろう」
悲しみ「私が毎回後始末をしていることに気づいてもらえない」
寂しさ「一人で頑張っているようで、誰にも分かってもらえない」
苦しさ「私だけが頑張っている気がして、もう疲れた」
そして、娘に対しても同じでした。
「YouTubeを見ないで」という怒りの奥にある一次感情を掘り下げてみると、そこには別の気持ちが隠れていました。
不安「YouTubeばかり見ていて、将来大丈夫なのかな」
悲しみ「娘のために考えて準備したことが、届いていない気がする」
寂しさ「私と遊ぶより、動画を見る方が楽しいのかな」
苦しさ「楽しんでくれると思って、いろいろ考えたのに……」
こうして書き出してみると、私は家族に怒っていたようで、
本当は別のことで傷ついていたことに気づきました。
夫に対しては、「私の頑張りに気づいてほしい」
娘に対しては、「一緒に楽しい時間を過ごしたかった」
という気持ちが、怒りの奥に隠れていたのです。
私は今まで、怒りという表面に出ている感情だけを何とかしようとしていました。
だから、ゲームをしたり、好きなものを食べたり、運動をしたりして気分転換をしても、根本的な解決にはならなかった。
それは、ストレス解消の方法が悪かったのではなく、
「私は何に傷ついていたのか」を理解できていなかったからだったのです。
まとめ
怒りを感じた時、私はすぐに、「どうやって気分転換しよう」と考えていました。
でも、本当に必要だったのは、
「怒りを消す方法」ではなく、「私は本当は何を感じているのか」を知ることでした。
もちろん、怒りの原因に気づいたからといって、すぐに穏やかな人になれるわけではありません。
正直に言うと、夫に対しては今も同じことの繰り返しです。
失態を見つけては怒る。
↓
ストレスが溜まる。
↓
「もう言っても無駄かもしれない」と思う。
↓
それでも、心のどこかでは諦めきれず、また伝えてしまう。
怒って、疲れて、諦めかけて、それでもまた向き合おうとする。
そんな繰り返しです。
でも、娘に対しては少し違うと感じています。
思い通りにならなくて悲しい。
↓
イライラすることもある。
↓
それでも、「私は何に怒っているんだろう?」
と考えることで、少しだけ違う向き合い方ができる気がしています。
怒りをなくすことは難しい。
でも、自分の怒りの正体を知ることはできる。
気晴らしを探す前に、まず自分に問いかけてみる。
「私は、本当は何を感じているんだろう?」
それが、家族にも自分にも優しくなるための第一歩なのかもしれません。
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