幸せな人ほど普通の毎日を 大切にしている
こんにちは。
芳昌です。
今日は、「幸せ」
についてお話ししたいと思います。
私は幼い頃から、
祖母や母の元へ来る相談者さんを見て育ちました。
子供の頃は分かりませんでした。
なぜこんなにたくさんの人が来るのだろう・・・
なぜみんな悩んでいるのだろう・・・
そんなことを思っていました。
もちろん、霊的な障害を持っている人達も
たくさん来られていました。
でも・・・
そうでない人が、圧倒的に多かったのです。
子供の私には
本当に不思議に思えてのです。
でも、大人になって振り返ると
私はずっとあることを
学ばせてもらっていたように思います。
それは・・・
幸せとは何か?
ということです。

幸せそうな人と、そうでない人
私はたくさんの人を見てきました。
決して裕福とはいえない人・・・
贅沢な暮らしをしているわけではない人。
それでも、
とても穏やかな笑顔をしている人がいました。
満たされた表情をしている人がいました。
一方で、
誰が見ても羨ましがるような
生活をしている人もいました。
立派な家がある。
お金もある。
社会的な地位もある。
周りから見れば成功者です。
でも・・・
笑顔を忘れてしまった人もいました。
心が休まらない人もいました。
不安ばかり抱えている人もいました。
私は幼い頃から、
その違いが不思議でした。
なぜなのでしょうか?
私は長い間、
その答えを探してきました。
そして今、
一つの答えに辿り着いています。
それは・・・
人は物だけでは幸せになれない。
ということです。
もちろん、
お金は大切です。
生活も大切です。
安心して暮らせることも大切です。
でも、
それだけでは心は満たされません。
なぜなら・・・
幸せとは、あふれる物ではなく
心が感じるものだからです。
特別な幸せを探し続ける人
世の中には、
幸せになりたい人がたくさんいます。
もっとお金があれば。
もっと認められれば。
もっと成功すれば・・・
もっと良い家に住めば。
もっと自由になれば・・・
そう思って頑張っています。
それ自体は悪いことではありません。
でも、私は時々思うのです。
幸せを追いかけることに夢中になりすぎて、
今ある幸せを見失っていないだろうかと。
普通の日常こそ宝物
私は病気を経験しました。
白血病になり、
骨髄移植も経験しました。
その時、
強く感じたことがあります。
それは・・・
普通の日常ほど尊いものはない。
ということでした。
朝起きること。
ご飯が食べられること。
家族と話せること。
笑えること。
眠れること。
散歩が出来ること。
それまで当たり前だったことが、
本当は当たり前ではなかった・・・
そのことを教えられました。

人は失ってから気づく
人は不思議なものです。
失うまでは、
それがどれほど大切か気づきません。
健康もそうです。
家族もそうです。
友人もそうです。
日常もそうです。
でも・・・
失いそうになった時、
初めて気づくのです。
どれほど恵まれていたのかを。
だから私は、
失う前に気づいてほしいと思っています。
足るを知る
仏教には、
「足るを知る」
という教えがあります。
私はこの言葉が大好きです。
足るを知るとは、
諦めることではありません。
今あるものの価値を知ることです。
今与えられているものに気づくことです。
そして、
今の幸せを感じることです。
私はそう思っています。
幸せは遠くにない
多くの人は、
幸せはどこか遠くにあると思っています。
もっと先にあると思っています。
でも私は、
幸せは今ここにあると思っています。
家族の笑顔。
友人との会話。
温かいご飯。
静かな夜。
季節の移ろい。
何気ない日常。
そういうものの中に、
本当の幸せは隠れているのではないでしょうか?
最後に
私は長年、
たくさんの人生を見てきました。
その中で思うことがあります。
本当に幸せな人は、
特別なものを持っている人ではありません。
普通の毎日を大切に出来る人です。
今日を大切に出来る人です。
今あるものに感謝できる人です。
人生は、特別な日よりも、
普通の日の方が圧倒的に多いのです。
だからこそ、
その普通の日を大切に出来る人は強い。
その普通の日を幸せだと思える人は豊かです。
私はそう思っています。
今日という一日。
何気ない毎日。
それこそが、
本当はかけがえのない宝物なのかもしれません。
人生を整える30連載
次回は
「人生は思い通りにならない。でも思った通りの人生になる」
~毎日の思考が未来をつくる~
をお届けします。

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