旅と本―落合信彦の声を聴きながら、成田を飛び立った
2026年2月8日、成田空港。
滑走路は雪に覆われていた。除雪作業のアナウンスが流れ、出発は1時間遅延。ようやくクアラルンプールへ飛び立った機内で、私はAudiobookを再生した。
「命の使い方」落合信彦著。
彼の声ではない。ナレーターが読み上げる言葉の向こうに、落合信彦の魂の叫びが聴こえた気がした。
母から手渡された一冊
最初に落合信彦の著作を読んだのは高校生の頃だった。母から勧められた「アメリカよ、アメリカよ」が最初の一冊だったと思う。
その後、何冊か読み続けるうちに、世界が変わって見えた。
世界を歩き、見て、伝える。国際ジャーナリストという職業が、いつしか自分の夢になっていた。
「狼たちへの伝言」に出会い、さらに深みにはまった。高校から大学まで、彼の本を、記事を読み続けた。数十冊は読んだと思う。
世界と対峙する男の言葉は、当時の私には眩しすぎるほどだった。
忘却
就職した。形を変えてでもグローバルな仕事がしたいという夢は持ち続け、行動もしてきた。しかしその夢は叶わず、気づけば国内メインの仕事を続けてきた。
落合信彦の本を手に取らなくなっていた。忙しかったのか。気づいた時には、記憶の底に沈んでいた。
2018年、「超AI時代の生存戦略」という本を手に取った。著者は落合陽一。その名前に見覚えがあった。
しばらくして、落合信彦の息子だと知った。一瞬、記憶が蘇った。しかしまた、日常の波に飲まれていった。
訃報
2026年2月1日。落合信彦逝去。享年84歳。
その一報を見た瞬間、記憶が一気に溢れ出した。高校生の自分が貪るように読んだあの言葉たち。国際ジャーナリストになりたいと思っていたあの頃。
息子・落合陽一がNoteに追悼記事を書いた。その中にこんな言葉があった。
「父は、毀誉褒貶を引き受けながら、最後まで自分の言葉で世界と向き合い続けた人でした。迎合することなく、恐れず、時に誤解され、それでも立ち止まらずに語り続けた。」
画面を見つめながら、しばらく動けなかった。
命の使い方
彼の訃報から一週間後の2月8日、旅の準備をしながらAudiobookを探した。「命の使い方」があった。昔読んだ記憶があった。そして何より、そのタイトルに引き寄せられた。
雪の成田を飛び立つ機内で、私はその言葉を聴き続けた。
今、自分の足で世界を歩き、自分の目で見たものを、自分の言葉で書いている。孤独を恐れず、一人で異国に立ち、誰も知らない街を歩く。そして帰国後、一冊の本を出版した。
かつて夢見た国際ジャーナリストとは程遠い。しかし、あの頃の夢が少しだけ、形になった気がしている。
肩書は残らない。役職も、実績も、評価も、時間とともに消えていく。しかし書いたものは残る。これが自分の「命の使い方」だと、最近ようやく実感している。
もし今、あの世の落合信彦と対話できたなら。きっと彼はニヤリと笑ってこう言ってくれると思う。
「いい面構えになったじゃないか。だが、それで満足するな。もっと書き、もっと考え、もっと動け」
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雪の成田を飛び立ち、マレーシアとカンボジアを歩いた記録。平凡なサラリーマンが書いた、自分の言葉で世界と向き合うための一冊。
