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第3章『命の環(わ)をつなぐもの』第八話|光根(こうね)の祈り


第八話|光根(こうね)の祈り

夜の境内は、昼とはまるで違う顔をしていた。

石畳の上を月の光が流れ、風鈴の音が遠く響く。

優衣は、花音とひかりを連れて再び神社を訪れていた。

胸の奥に、まだ言葉にならない温かさが残っている。

――母猫の選択。

その意味を知ってから、何かが少しずつ変わっていった。

「遅い時間にすみません」

社務所の戸を開けると、根古住職は静かに微笑んだ。

「いいのですよ。夜は、言葉が静かに届く時間ですから」

そう言って、縁側へと案内してくれた。

月明かりが障子を透かし、畳の上に淡い模様を描く。

「……あなたは、気づいていますね」

「え?」

優衣が顔を上げると、根古の瞳の中に金の光が宿っていた。

その瞬間、空気が少し変わる。

風鈴が鳴り、灯籠の灯がひとつ揺れた。

「私は、この神社に“住む者”であり、“見守る者”でもあります。

命の流れの中で迷った魂を導く、それが私の役目です」

その声は人の声でありながら、どこか遠く、深い。

まるで何百年も時を生きてきたような静けさを帯びていた。

優衣は息を呑み、花音がひかりを抱きしめた。

「あなたの猫――ミオも、ここに来ていました」

「……やっぱり」

「彼女は“愛を知った猫”でした。

だから、人の世界へ橋を架けることができたのです。」

根古の背後に、淡い光が差した。

その影が、ゆっくりと老いた黒猫の姿に変わっていく。

白く濁った片目と、もう片方に宿る知性の光。

「……あなたは、猫の神様……?」

「そう呼ばれたこともあります。光根(こうね)と。」

花音が小さくつぶやいた。

「こうね……」

その響きが風に乗って境内に溶けていく。

「命は、消えるためにあるのではありません。

受け渡すためにあるのです。

“別れ”とは、次の命へ“鍵”を渡すこと。

そして“記憶”は、その鍵を開く光になります。」

光根の言葉が響くたび、風がやさしく揺れた。

木々の葉がざわめき、鈴の音が重なっていく。

優衣の頬を一筋の涙が伝う。

花音は、腕の中のひかりを見つめた。

その小さな体の奥で、心臓の音が確かに響いている。

やがて、光根の姿はゆっくりと薄れていった。

その代わりに、境内に無数の光の粒が舞い上がる。

まるで夜空に花を咲かせるように。

「……ありがとう、光根さま」

優衣がそうつぶやいたとき、

風鈴がひとつ、澄んだ音を立てた。

花音は目を閉じ、ひかりを抱きしめた。

その温もりの中で、確かに感じた。

――ミオの心臓の音。

それは、命の環が続いている証だった。

第八話|光根(こうね)の祈り

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