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指導する側になって気づいた。大人にもビート板がいる。


今回「#エッセイしりとり」のバトンを自分に繋いでくださったのは、coco@ismさんです😊

「く」から始まるタイトルは、
「くじ運、来てる!」と完全に勘違いした私

商店街で10,000円が当たり、忘年会でも景品をGET。
「私、くじ運あるんじゃない?」と思って年末ジャンボを30枚買った結果は……900円🤣

この見事なオチ、ぜひ読んでみてください😂

▼coco@ismさんの記事はこちら

そして、自分に託された文字は、

「し」

普段とは少し違うエッセイを書いてみました。

それでは、どうぞ😊
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大人には、ビート板を渡してくれる人がいない。

スイミングコーチをしていると、

「先生、できへん。」

という言葉をよく聞きます。

顔を水につけるのが怖い子。

壁から手を離すと、沈みそうで怖い子。

そんな子に、いきなり、

「じゃあ、25メートル泳いでみよか。」

なんて言いません。

いや、言うたらあかん。

たぶん次から、自分のクラスに来てくれへん。

まずは水に慣れるところから。

怖かったら無理しなくていい。

うまく浮けなかったら手を貸す。

まだ一人で泳げなかったら、ビート板を渡す。

「大丈夫やで。」

「焦らんでええよ。」

「昨日よりできてるやん。」

仕事では、そんな言葉が自然と出てきます。

でもある日、ビート板につかまって泳ぐ子どもを見ながら、ふと思いました。

これ、大人にも要るんちゃう?


大人になると、なぜかみんなビート板を没収されます。

仕事でしんどくても、自分でなんとかする。

恋愛で悩んでも、自分で答えを出そうとする。

何かに挑戦してうまくいかなかったら、

「もっと頑張らな。」

って、自分のお尻を自分で叩く。

子どもが泳げなかったら、

「まだ練習中やもんな。」

と思えるのに、

自分が人生でうまく泳げなかったら、

「何してんねん、自分。」

ってなる。

大人って、自分にだけ指導厳しすぎひん?


もちろん、自分もそうです。

子どもには、

「焦ったら余計に力入るで〜。」

「力抜いていこ〜。」

「ちょっとずつで大丈夫やで。」

なんて言っています。

そして仕事が終わる。

スマホを開く。

noteを見る。

「……あれ?」

Threadsを見る。

「……あれ?」

noteに戻る。

更新する。

もう一回見る。

5分前と数字、変わってへん。

当たり前です。

5分しか経ってないんやから。

でも、また見る。

子どもには、

「焦らんでええよ〜。」

と言っていた男が、

たった5分で結果を求めています。

誰かコーチ呼んできてください。

人生にもプールの監視員がおったら、

「そこの大人ー!一回上がってくださーい!」

って笛を吹かれてると思います。


自分は普段、恋愛について文章を書いています。

これまで200件以上の恋愛相談に関わってきました。

「返信が遅くなったんです。」

「忙しいって言われました。」

「これって、もう脈なしですか?」

そんな相談を聞いて、

「その一つだけで決めつけんでも大丈夫ですよ。」

「焦らず、もう少し相手の行動も見てみましょう。」

そう伝えてきました。

人の恋愛なら、一歩引いて考えられる。

でも。

自分の恋愛になると、

びっくりするくらい分からへん。

返信が来なかったら気になる。

相手の一言を考える。

「いや、考えすぎやろ。」

と思ってスマホを置く。

数分後、また見る。

どうやら200件以上の経験は、自分の恋愛にだけ自動適用されないらしい。

仕事では先生。

恋愛では生徒。

noteでは毎日試行錯誤。

人生にいたっては、

たぶん、まだ体験レッスン中です。


でも、毎日子どもたちを見ていると、分かることがあります。

最初から泳げる子なんて、ほとんどいません。

ビート板につかまって、

コーチに支えてもらって、

何度も失敗して、

「もう嫌や。」

ってなる日もある。

それでも、またプールに来る。

そうしているうちに、

ある日ふっと、手を離して泳ぐんです。

昨日までビート板をぎゅっと握っていた子が、自分の力だけで前へ進んでいく。

あの瞬間は、何度見ても嬉しい。

そして思います。

ビート板を使ったから、その子は弱かったんやろか。

たぶん、逆です。

つかまれるものがあったから、

「自分でもいけるかも。」

って思えたんやと思います。


それなら、大人だって同じでいい。

しんどい時に誰かに話す。

好きな音楽を聴く。

本を読む。

誰かの文章に救われる。

「大丈夫やで。」

と言ってもらう。

それでええんちゃうかな、と思います。

ずっとつかまっている必要はない。

泳げそうになったら、手を離せばいい。

また沈みそうになったら、もう一回つかまればいい。

一度手を離したからって、二度と使ったらあかんルールなんてない。


自分にとって今、そのビート板の一つが文章なんやと思います。

うまくいかない日も書く。

嬉しかった日も書く。

恋愛で悩んだことも、仕事で気づいたことも書く。

それを誰かが読んでくれて、

「分かります。」

と言ってくれる。

その一言で、

「あ、もうちょっと泳いでみよかな。」

と思える日があります。

もしかしたら、自分が書いた文章も、

どこかで沈みそうになっている誰かが、ほんの少し浮かぶためのビート板になっているかもしれない。

そうやったら、ちょっと嬉しい。

大人になったからって、ずっと一人で泳がなくてもいい。

大人にも、ビート板はいる。

それは人かもしれない。

言葉かもしれない。

好きな場所かもしれない。

自分みたいに、文章かもしれない。

格好悪くてもいい。

沈んでしまうより、よっぽどいい。

だから自分も、

「もう無理や。」

って日くらいは、何かにつかまっていようと思います。

そして明日になったら、また子どもたちに言います。

「焦らんでええで〜。」

「力抜いて〜。」

「昨日よりできてるやん。」

ほんで仕事が終わったら、スマホを開く。

noteを見る。

Threadsを見る。

もう一回noteを見る。

更新する。

「……あれ?」

たぶん明日もやります。

なので最後に、一つだけお願いがあります。

すみません。

自分のビート板、二枚重ねにしてもらってええですか。

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次のバトンへ🏊‍♂️

次にバトンを繋ぐのは、Maru(まる)さんです😊
認知症のお祖母さまとの日々を、あたたかな言葉で綴られているMaruさん。

今回紹介したいのは、
「唯一、私が私でいられる人。」

知り合いのいない土地で出会った、一人の先輩。
何でも素直に話せるその方との出会いが、実はMaruさんがnoteを始める原点にもなっています。

読んでいると「自分にも、こんなふうにありのままでいられる人はいるかな」と、大切な人の顔が浮かんでくるようなエッセイでした😊

▼Maruさんの記事はこちら

そして、自分のタイトルは、

「指導する側になって気づいた。大人にもビート板がいる。」

なので、次に託す文字は……

「る」

です😂

Maruさん。

なかなかの一文字を渡してしまいました。笑

「る」からどんなタイトルが生まれるのか、今から楽しみにしています✨

バトン、よろしくお願いします😊

#エッセイしりとり

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