【掌編小説】祈り【2140字】
生まれた次の日はいつも、僕にたくさんのメッセージが来る。
「お誕生日おめでとう」
「幸せになるんだよ」
でも一番多いのは
「君のせいじゃないからね」
何人から受信しても、僕のスマホは鳴らない。
メッセージは、脳か心に直接届く。僕が赤ん坊の頃からずっと。
「(来た)」
今年最初のメッセージは、朝七時。大好きな半熟のハムエッグを炊きたての白米に乗せていたら、ニ軒先のおじいさんの声が聴こえてきたのだ。
ーーあんたのせいじゃないからなーー
きっと、カレンダーか朝のニュースで日付を見たんだろう。
「(わかってるよ)」
心の中でおじいさんにウインクするけれど、それが届くことはない。
「(僕からも『大丈夫』って送れたらなぁ……)」
そうしたら、みんな僕に祈らなくて済むはずなのに。
「もう僕、十八だよ……」
ため息をつくと父さんとおばあちゃんが顔を青くして箸を止めた。
「征樹?! 昨日、誕生日したよな? 」
「プレゼント、変だった?! 」
その慌てぶりは、自分の記憶違いを疑っているようで僕の方が焦って両手をブンブンと振った。違う。違うんだ。最近は酷暑が続いているし、二人とも歳を取ったけど、認知症になるほど老いてない。
「や、時計気に入ってるよ。今着けてるくらいだし! 」
もしかしたらスマートウォッチじゃなくて良かったのかと気を揉んでいるのだろうか。
でも、僕はこのスチールのアナログ腕時計が本当に憧れだった。
カレンダーも付いていて、父さんのような大人の男に近づけた気がする。
「じゃあ、どうした? 」
父さんは眉間の溝を深くして聞いてきた。
背が高くて俳優のような人だから、皺が尚更目立つ。
あの日からたくさん泣き、苦労して刻まれてきたものなのだろうか。
「……母さんの知り合いは、まだ僕を心配してると思う? 」
二人は顔を見合わせて黙った。もう十八年だ。なのに、まだ父さんもおばあちゃんも僕に気を遣うし、毎年心にメッセージが届いている。
母さんが僕を産んだ後、日を跨いで二時間後に亡くなったことは、彼女の知り合いの間で、ずっと悲しまれているようだ。
「征樹」
「母さんが死んだのは、誰かのせいじゃない。分かってる。でも皆が心配するほど……! 」
最初は、誕生日のお祝いとただの変なメッセージだと思っていた。自分に母親がいない理由も気にならないで生きていたのに。
「よけいに、僕が産まれてきたせいなんじゃないかって思うんだ」
いつの間にか、涙が両手の甲に落ちていた。きっと、家族の中で母さんのことで泣いたのは、今、僕が初めてだ。
「征樹」
おばあちゃんが僕のそばに来て、何枚ものティッシュで僕の目と手をそっと押さえてくれた。
母さんの代わりに叱ってくれていた声には、もう張りがない。
「おばあちゃん、あなたのお母さんに感謝してる。お父さんのことを大好きになってくれたから。大好きな博樹さんの子どもだって嬉しそうに言ってくれたから」
「母さんが死んで……苦労したんじゃないの? 」
しっかり目を見つめて言うと、おばあちゃんは少し苦いように眉を歪めて、でも大きく口を開けて笑った。
「そりゃ、苦労したよ〜? 歳を取ってからもう一回子育てだもの。でも、そんなのよりもっと大変だったよ」
「え? 」
「お母さんは征樹のこと、ああやって育てたい、こうしてやりたいって楽しみにしてたもん。そんな大事な子を育てさせて貰うんだから、『私が侑奈ちゃんの代わりにやるんだ』って、そりゃ頑張ったものよ」
もう一度おばあちゃんの顔をよく見ると、目尻だけじゃなくその下にも何本かの皺があった。
ああ、この人は誰よりもたくさん、僕に笑いかけてくれていたんだ。母の代わりに愛を伝えるために。
「侑奈ちゃんの命日にはね、いつも『征樹を任せてくれてありがとう。あの子は良い子よ。心配しないで』って祈ってるの」
「え……」
驚きに涙を吸われて、乾いた声が出た。
皆がこの日に祈るのは、僕を慰めるためだけだと思い込んでいたから。
僕はいつの間にか自分を、罪悪感を持つべき、心配される子だと決めつけるようになっていたんだ。
「お父さんも、毎年この日はお母さんに祈ってた。ごめんって。奥さんと息子が命懸けで闘ってたのに、何も出来なくてごめんって。でも、それはもうやめるよ」
「え……」
父は母を忘れるんだろうか。けど本当に、忘れられるんだろうか。
「これからは、奥さんの普通の命日のように、ただ伝えるよ。『楽しかったよ。ありがとう。安らかに眠って。心配しないで』って」
父はそう言って顔をクシャクシャにした。眉間のよりずっと深い笑い皺ができている。
ーーありがとうでいいんだーー
昨日も今日も、本当は、僕は感謝だけで良かったのかもしれない。
産んでくれた母への感謝、育ててくれた父と祖母への感謝。
昨日は僕の誕生日。今日は母の命日。
ただ、それだけだ。
「父さん、おばあちゃん。育ててくれてありがとう。それからーー」
リビングドアの隣のニッチの方を振り返ると、小さな仏壇が目に入る。父さんが一番好きで選んだらしい母さんの写真は、ずっと笑顔だ。
「産んでくれてありがとう」
もちろん返事は無いけど、来年からはおじいさんや皆からのメッセージも来ないだろう。そんな気がするのだ。
僕からの大丈夫はきっと、伝わっているから。
〈了〉
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私にとって鎮魂の月の八月に、書き上げられて良かったです。
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