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noteで嬉しいコト、嬉しいコメント

どうも、石塚です。
今日も今日とて、インターネットという名の底なしの吹き溜まりで、キーボードをカタカタ叩いております。


今回はですね、noteで読者から何らかのリアクションをいただいた際、俺がいかにあっさりと歓喜し、裏でキモい笑みを浮かべているかという、褒められてチョロい男の生態についてお話ししようかと思います。


いやね、記事を書き上げて投稿ボタンを押した直後って、毎回ちょっとしたパニックなんですよ。

執筆中は、

「おっ、今日の俺キレてんな! 天才かもしれん」

なんて調子に乗ってノリノリで指を滑らせてるんだけどさ、投稿ボタンを押した数分後に急に冷水ぶっかけられたみたいに正気に戻るわけです。

何だコレ、誰が読むんだこんな野郎の自己満足な独り言、消した方がいいんじゃないか、という強烈な虚無感と恥ずかしさが襲ってくる。

さっきまであんなに楽しかったのに、急に自分の生み出した駄文が恐ろしくなるのよ。


そこに。

スマホがブブッと震えて最初のスキが届く。


もうね、救われた心地がする。

あ、よかった……俺は一人じゃなかった、と。

少なくともこの地球上に一人、俺のくだらない話に「まあ、いいんじゃない?」と思ってくれた奇跡のような物好きがいる。

そのスキが一個つくだけで、どん底に沈んでいた気分が上空3000メートルくらいまで一気に跳ね上がるんだから、我ながら現金で単純な生き物だなと思いますよ。


特に、定期的にスキを押しに来てくれる常連さんね。

何回か通知で名前を見かけてると、こっちも自然と覚えるじゃないですか。あ、またあの人来てくれたんだって。

一発屋みたいにたまたま一回面白がってもらうのも当然嬉しいんだけど、その後も継続して俺の文章を読みに来てくれるっていうのは、また格別の味わいがあります。

あぁ、俺の文章、まだ飽きられてなかったんだなという、若干情けない安渡感が胸を撫で下ろす。

そこらへんの小市民的な弱さは見逃してほしい。


で、フォローね。

これはもう「あなたの今後の文章も買い上げます(読む意味で)」という未来への期待手形をもらったようなもんですから、本当にありがたいですよ。ありがとうございます。

ただ、フォローされた直後の次の記事が、救いようのないどうでもいい記事だったりすると、「あ、期待を裏切ってすいません……」という謎の申し訳なさも同時に湧いてくるんだけどさ。

そういう落差もひっくるめて付き合ってほしい。


あと、地味にテンションが上がるのがマガジンへの追加ですよ。

誰かが作ったお気に入りマガジンという棚の中に、自分の記事がポツンと格納される。

おぉ、俺の駄文の就職先が見つかったのか、と。



でもね、やっぱり一番の劇薬はコメントですよ。

スキはもちろん最高なんだけど、コメントは相手が具体的に何を思ってくれたのかという脳内の解像度が見えるじゃないですか。

それを読めるのは、書き手として言葉では言い表せないほど楽しい。


「文章が好きです」とか「語り口が好き」なんて言われた日にはさ、俺のこのひねくれた喋り方やリズムを肯定してもらえた気がして、一人でガッツポーズですよ。

あ、この人なら他の全然関係ないしょーもない記事を書いても読んでくれそうだな、なんて勝手に期待して嬉しくなる。

読みやすいとか、言い回しが癖になると言われるのもたまらんね。何度も推敲しては消し、消しては書き直した部分だったりしたら、なおさら報われた気がする。

ほとんど勢いで書いてるけどね。


内容そのものを褒めてもらえるのも当然嬉しい。

「その視点はなかったです」とか「なるほどと思いました」「役に立ちそうです」とかさ。俺が自室の片隅で一人で捏ね繰り回していた屁理屈な文章が、誰かの思考のちょっとしたスパイスになったわけだから。

あぁ、キーボード叩いて世の中に放流してみるもんだなぁとしみじみ噛み締めるわけです。


共感のコメントもありがたい。

「自分も全く同じこと思ってました」の一言で、あ、俺だけじゃなかったんだって救われる。

自分では「こんな歪んだひねくれ思考、出したら引かれるかな……」とおそるおそる出してみたら、「俺もです」「私もそうです」って似たような性根の曲がった同志が集まってきたりして。

なんだよお前らもそうだったのかよ!

じゃあもっと早く言えよ!



「感動しました」とか言われたら、そこはもう照れ隠しでふざけたりせず、素直に「ありがとうございます……」と深く頭を下げたくなります。

自分が大切に抱えていたコトを、相手も同じ重さで受け止めてくれた実感が湧くからね。


ただ、俺が個人的に一番爆発的に喜ぶのは「笑いました」という報告ですね。


そこ笑ってくれたか!という快感ね。

特に、自分でも「これ我ながらくだらないな」と思いながら忍ばせておいた、しょうもない一行や小ボケをピンポイントで拾ってもらえた時。

脳内でドーパミンがドバドバ出ますよ。

そう! そこなんですよ! よくぞ拾ってくれました! って急に元気になる。

逆に、こっちは至って真面目に真剣に書いたつもりだった部分で「爆笑しました」って言われると、……え、そこ!? って一瞬頭を抱えて考え込んじゃうけどさ。

まあ、退屈させるよりは笑ってもらえた方が100倍マシだから「ヨシ」としてます。



それから、たまに自分の記事や俺という人間そのものを、他のnoterさんが自分の記事の中で紹介してくれることがあるじゃないですか。

あれはもう、自分のホームグラウンドでわざわざスポットライトを当てて取り上げてくれるわけだから、嬉しくないはずがない。

通知が来たら正座してじっくり読みに行きますよ。

へぇ、俺って外から見たらこんな風に料理されてるんだな、って。

そこにちょっとでも良いことが書いてあったら、画面をスクショして二回くらい読み返しますからね。人間だもの。


まあ結局、肯定されたり、好意的に受け止めてもらえたりしたら、大体なんでもめちゃくちゃ嬉しいわけですよ。

長文の立派なコメントじゃなくたって、「ここ好き」っていうたった四文字の短文コメントで十分気持ちは伝わるし、むしろその飾らない短さが妙に愛おしかったりする。


俺だって、記事を投稿するたびに毎回すべての人を大満足させられるなんて思っちゃいないです。

増え続けるコンテンツの中でさ、俺が画面の向こうで一人でこねくり回した言葉を、どこかの誰かが面白がって笑ってくれたり、深く頷いてくれたりする。

それだけでさ、じゃあ明日もまた何か書いてみるか、ってキーボードに向かう十分すぎる理由になるんだよね。

画面の向こうの誰かにそっと背中を押されながら、約二週間走り続けるコトができました。


これにて本日の記事は最後になります。

明日以降はペースを落として、たまに投稿していく予定です。(いわゆる低浮上)
今は新しいネタが何も思いつかないくらい、頭がすっかり疲れ切っています。

まさにアイデアが出涸らしてしまったような状態です。

次の投稿がいつになるかは未定ですが、気長にお待ちいただけると幸いです。
また次の記事でお会いしましょう。



……というわけで、今日も今日とて褒め言葉に飢えている石塚でした。

それじゃ、今夜はこのへんで。


この素晴らしき 生まれゆく世界で。


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