あの頃、ネットの向こうに友達がいた
16歳の頃、ネットで男のガキと知り合った。
あ、いきなりこんな書き方をすると怪しい事件の匂いが漂いそうですが、普通です。至って普通の男子高校生。
当時の俺といえば、家に帰ると一目散にパソコンを立ち上げて、意味もなく掲示板を巡回したり、人様の日記を読んだり、チャットの片隅に潜り込んだりしていた。
今みたいにSNSを開けば世界中の人間が勝手に流れてくる時代じゃないですからね。こっちから暗闇の中に手を突っ込んで探しに行かないと誰にも会えない。
でも一回どこかのチャットやSkypeで話の合うヤツを見つけると、これが妙に嬉しかったんです。
その男の子もそんな感じだった。
名前はここでは仮にケイとしておきます。
俺より一つ年下だったと思う。
最初に何を話したのかなんて完全に記憶の彼方ですが、好きなゲームの話か、音楽か、深夜番組か。多分その全部。
ただ、何か妙に話が続いたのね。
俺が、このラスボス弱くね?と書けば、向こうが、お前がレベル上げすぎなんだよと即レスしてくる。
俺が好きなバンドの話を延々と熱弁すると、知らねぇよと言いながら翌日聴いてきたりする。
そのくせ自分がハマってるモノを紹介する時だけテキストが猛烈に長い。お前も同じじゃねぇか。
そんな感じで、毎晩のようにくだらない文字を投げ合いっこしてました。
学校の話、家の話、将来の戯言、好きな女の話、嫌いな教師、買ったゲーム、腹減った、眠い、もう寝る、まだいる、寝ろよ。
今思えば内容の八割くらいは粗大ゴミです。
でも友達との会話なんて大体そんなモノでしょう。
人生について熱く語り合った夜よりも、
「壁の穴からアリが入ってくる」
とかのコトを妙に覚えてたりするから人間って不思議だ。
半年くらい経った頃、ケイが急に、会ってみる?と言ってきた。
俺はモニターの前で5分くらいフリーズしましたね。
男二人、休日、会って何すんの?
いや、女の子だったら分かるとかそういうウブな話でもないんですが、とにかくネットで知り合った人間にリアルで会うという行為が当時はまだちょっと特別だったんですよ。
今みたいにフォロワーと飯行ってきますが当たり前の時代じゃない。下手したらニュースになんぞこれくらいの感覚があった。
そこまでじゃねぇか。
で、腹を決めて会った。待ち合わせは駅前。
目印どうするよって話になって、俺が黒い服着てると言ったら、男で黒い服なんて五百人いるだろと返された。
確かに。正論すぎて何も言えない。
結局携帯で連絡を取り合いながら発見。
第一印象、普通。そこそこ爽やか。
向こうも絶対そう思ったはず。
ネットで半年語り明かした結果、そこに現れたのは普通の男子高校生二名。俺たちは一体何を期待していたのか。
しかも会って最初の10分くらい、会話が信じられないくらいぎこちない。
ネットならマシンガンのように喋れたのに、
実物になると急に、
あー、うん、じゃ行く?、おう、みたいになる。
「通信速度落ちすぎだろ!」
その日はゲーセン行って対戦台に100円玉を積み上げ、CD屋を物色し、ファミレスで1時間くらいダベった。
ネットと同じだった。
いや、実物の方がちょっと面白かった。
ケイは文章だとそこそこ冷静なヤツに見えたのに、実際は笑い出すとツボに入って止まらない。
俺がドリンクバーでメロンソーダとコーラとファンタを混ぜて、新商品!と言って飲ませたら本気で嫌な顔をされた。
お前ネットよりアホだなと言われたので、最高の褒め言葉として受け取っておきました。
それから二年間くらい、たまに二人で会った。
金なんかないから大したコトはしない。
中古ゲーム屋を何軒も回ったり、ゲーセンでコインを溶かしたり、カラオケで喉枯らしたり、ボーリングで低レベルな戦いをしたり、ファミレスでドリンクバー1本で粘ったり。
一回、二人とも財布の中に小銭しかなくて、公園のベンチで缶コーヒーをちびちび飲みながら3時間喋ったコトがある。
今やれと言われたら絶対イヤだね。腰が死ぬ。
でも当時はそれで充分すぎるほど楽しかった。
ケイは俺より一つ年下だったけど、妙に大人びたところがあったのね。
俺が何かに腹を立てて、もう全部どうでもいい!とか叫んでると、お前、どうでもいいって言う時ほど気にしてるよな、とか言ってくる。
うるせぇ。
年下に見抜かれる俺。情けねぇ。
でも多分、俺も向こうのそういう部分を知っていた。
ケイは明るかったけど、時々いきなり黙る。
家のコトとか、進路のコトとか、誰にも言わないような話をポツポツと吐き出す時があった。
俺は何か気の利いたコトを言えた記憶がない。
そっか、とか、大変だな、とかその程度。
今だったらもうちょっとマシな言葉を探すかもしれない。でも10代の俺たちには、多分それで良かったんですよ。
解決してほしいわけじゃない。
答えなんて出ない。
ただ、夜中の2時にまだ起きてるヤツがいるというだけで、少しだけ心が軽くなる日があった。
二年目の終わり頃、俺たちは段々話さなくなった。
喧嘩をしたでもない。嫌いになったでもない。
ただ生活が変わったのね。
学校を卒業したり、バイトが忙しかったり、新しい人間関係が出来たり。
昨日まで毎日ログインしていた場所へ、一日行かなくなる。一日が三日になる。一週間になる。
そういうヤツ。
最後に会った日のコトはハッキリ覚えてる。
駅まで一緒に歩いて、改札の前で、じゃあまたな、と言った。
ケイも、おう、と言った。それだけ。
感動的な別れの言葉なんて何一つなかった。
握手もしない。抱き合いもしない。
少年漫画なら担当編集に激怒されるくらい何もない。
そして、それが最後になった。
当時の俺たちは、また普通に会うつもりだったのね。
だからちゃんと別れなかった。
コレが後になって妙に効いてきます。
人生で最後に会う人って、最後だと分からないまま別れるコトの方が圧倒的に多いんじゃないでしょうか。
またな、のまま終わる。
俺たちもそうだった。
それから何年か経って、昔使っていたSkypeのアカウントを見たら、ケイからのメッセージが残ってた。
大した内容じゃない。
最近何してる?とか、このCD聴いた?とか、腹減った、とか。お前腹減ってばっかだな。
でも、それを見ていたら不意にあの頃の空気がブワッと戻ってきた。
古いパソコンのファンが回る音。夜中の部屋。安いイヤホン。親が寝静まった後の静けさ。画面の向こうで誰かが起きている温度。
あの二年間、俺は自分が思っていたよりずっと救われてたんだと思う。
友達って、一生ずっと一緒にいるヤツだけが全てじゃない。
人生のある区間だけ一緒に歩いて、ある交差点で別れるヤツもいる。
その後どこへ行ったのか分からなくても、一緒に歩いた道まで消えてなくなるわけじゃない。
ケイが今どこで何してるのか、俺は知らない。
結婚したかもしれない。子供がいるかもしれない。相変わらずゲームやってるかもしれないし、もう画面すら見てないかもしれない。
ハゲてるかもしれない。
おいおい、それはまだ早いか。
いや、俺たちの年齢なら普通にあり得るな。
すまんケイ、お互い様だ。
もし今どこかで元気にやってるなら、それでいい。
別に再会して昔話をしたいとも絶対に思わないでもないけど、無理に探そうとも思わない。
俺の中では今も、駅前で、じゃあまたな、と言った時のままだから。
十代の友達って不思議です。
二年間しか知らないのに、何年経っても消えない。
あれだけ毎晩くだらない話を散々して、結局人生に役立つ知識は一個も貰ってない。
いや、待て。
一個あった。
ケイが昔教えてくれた、カップ焼きそばはお湯を捨ててからソース入れろ、という知識。
「当たり前だよ!」
それ以前どうやって食ってたんだ俺。
……まぁいいや。
ケイ。元気でな。
またな。
まだ有効だろ、この言葉。
