ジェリブロを作った話
Jerry Blossom
本当にこの半年間、あっという間も無いほどに忙しない日々だったので、なんとか思い出しながら書いてみます。あれはきっと2025年1月、大阪シャングリラでのライブの後だった。床が油でヌルヌルしているけど店員の愛想と勢いが良い感じの中華料理屋のクルクル回るテーブルの前で、並んで座っていたジラフポットの中野と餃子をつつきながらその日のライブがどうだったかを話していた。と言ってもとてもゆるい感じで。
その日はアンコールでBlack's ONEを演奏したんだ。一度も全員でスタジオに入って練習することなく迎えた本番での演奏。ハイハット2カウントからのスネア16分というあまりにもありふれたフレーズを叩いた瞬間、俺の中で6年前のツアーの次章が始まってしまった。そんな第二章の予感にときめく俺と、完成度の低さを嘆く中野の視線は奇しくも同じものを捉えていたんだと思う。たぶん。
そうしてその2週間後には俺はLONEとジラフポットのグループ連絡網を作成し、第一回目のミーティングを開催した。でも集まったのは中野とnnGA氏だけだった(三人でも建設的な話が十分にできました)。少し寂しかったけど、俺と中野はやる気満々だった。
続編劣化の法則
ロストワールドやマトリックスリローデッドに代表される(本当に個人の感想です)「二作目の相対的低評価」。これは回帰という領域で考察すれば統計学的にも確からしいと俺も思うし、それを憂う声が内輪からなかったと言ったら嘘になる。[ Log Book ]にも書いてある通りでもあり、それ以外でも。それでも俺は言い出しっぺの一人として、超えられるかどうかという土俵を踏み越え、"超えてやる"という根性と自信を提示することで皆を引っ張っていく努力を続けた。そしてその姿勢は中野大輔という人間のお陰でなんとか体を成していた。でも実際にJerry Blossomが完成した時は、そんなことどうでも良いくらい素晴らしいものができて嬉しい気持ちでいっぱいになっていたな。
Jerry Blossomの原型
去る2024年春、か夏。ちょうどLONE"ペテン師の生き恥"という曲を作った前日に作ったのがこの曲だった。
楽しいだけで音楽が、バンドが続けられて、それがある日偶然見てくれていたプロデューサーか何かの目に止まって、あわよくばデビューなんてして有名になって。そんな事を本気で夢見ていた訳では無いが、10代の頃はそれくらい楽観的に生きていた。「これしか無い」と心の底から思っているなんてことはなく、ほとんどが口から出任せで生きていたんだと今では分かる。それでもほとんど毎日バイトしてスタジオに入ってライブして、そんな毎日を心底楽しんでいたバンド活動初期。去年の春、バンドとしてはどん底の気分の中で、楽しいだけで心が満ち足りていたバンド初期の気持ちを無理やり思い出して作り始めた。
始まりのコードはCメジャー。そう決めて作りはじめた。子どもでも知っている、はじめに知る、「ド」の音からこの曲をはじめたかった。
恥ずいくらいに真っ直ぐに明るいイントロに、絶妙な浮遊感を感じるリードギターを乗せた。ギターを弾き終わって聴き直した時、15歳の秋、毛利と竹家と服部緑地にビートクルセイダーズを見に行ったこと思い出した。そうして、Aメロ・Bメロと今のJerry Blossomとは違うアレンジで進行していき、今と同じアレンジのサビを作った。Cメジャーから始まるサビなのになんでか寂しい雰囲気のコード進行になって、とっても気に入っていた。この段階ではまだメロディはつけていなかった。というのも、この曲をLONEで演奏するイメージがなかなかできなかったから(まあこういうのはだいたい杞憂で、毛利が歌えばLONEになるのだけど)。
そこから時は経ちBlack's ONEミーティングまで、Jerry Blossomの原曲は誰の心に留まるでもなく静かに鳴りを潜めていた。
Jerry Blossomの完成
そうして、Black's ONE第二弾をすると決まったときに俺は再び例の曲のアレンジに取り掛かった。今回は1番を中野、2番を毛利に歌ってもらおう。Dメロでは二人が弱音と本音みたいな感じで掛け合うようにしよう。そんなことを思いながらいまあなたの耳に届いているJerry Blossomの作編曲を終えた。そういう意味では全然合作感がなく、中野はつまらなかったかもしれないけど、融合という意味で今回もBlack’s ONE同様にメロディを持ち寄ったんだ。1A, 1Bのメロディーを中野に、2Aのメロディーを毛利につけてもらい、それ以外のメロディを俺がつけ、そしてそこにカンカンの最強のリードギターが乗っかりジェリブロは曲としての完成を一旦迎えた。俺にとって3曲目の作曲だった(公表された中で)。
そして牛首には歌詞の全体像を伝えて発注し、世界で一番秀逸な歌詞を期日通りに書き上げてきた。とんでもないものができた瞬間、ほんとうの意味での完成を迎えた。
ペテン師のときから薄々感じていたが、牛首は作詞の依頼を仕事にできるタイプの作家だと思う。誰かの思いをフィルタリングして創作される牛首の歌詞には、とても愛が詰まっていると感じる。ここで私が特に気に入った節を主観でいくつか紹介したい。
「気化熱を放置したせいで風邪をひいてしまったんだ」
前節にあるEagerness、熱情、熱中という主旨の言葉。その火種が小さく燃えているせいで、心が風邪をひいてしまった、ということと理解できる。詩的な中でどこか日常を感じた。次節に繋がる。(中野が名古屋公演で「ハックション」とクシャミをしていたな)
「夏が死んでる間に秋来てしまうからさ」
隠された意味は「なつかしんでるまに あきてしまうからさ」。
四季が明らかなテーマである本詞に対する言葉遊びとしてあまりに秀逸。
エネルギーに満ちた「夏」が遠ざかって、全てに目移りしてしまう「秋」が訪れる。残心の火種に目を向けず、かつての「夏」を懐かしむ。退屈で愚かなのに、心地よく罪深い行為。
「sick and tired of こんな日も 煌めいてしまうから」
もううんざりするほど音楽とバンドばかりの人生です!やめるタイミングも山程あった!それでも煌めく瞬間に、こうしてずっと夢中なわけだ。
そしてこの節は「夏を懐かしんでいる」時間軸で捉えると別の解釈を得る。
何か思い出せそうな日々の隙間で大切な気持ちを置き去りつつ、それが無いうんざりするような生活もそれなりに心地良く、決して思い切って抜け出すことはできない。あなたがもしそんな状態なら、ライブハウスに来て欲しい。そして我々の情熱に触れて欲しい。
「真っ直ぐに間違えたから まっさらな雪を踏めたろう?」
説明不要、美。
「何回同じとこグルグル回るつもりだ」って言わせときゃいいんだ
蒙昧たる一瞬を 知った顔すんなよ
バッドルートの道すがら 咲いた花の色を全て描き取ったら
全然綺麗じゃないが 見たこともないシンフォニー」
この詞を読んだ瞬間、走馬灯が巡った(ほんまに)。この言葉がこれまでの全てを肯定してくれた。そんな気持ちで心が満たされたことを俺は死んでも忘れない。
説明不要、全ての人を救うであろう言葉。
もし俺と同じように、初見で「蒙昧たる一瞬」の意味が解らなかったら、ご自身でよく調べてみて欲しい。その価値がある。
そして間奏に繋がる。
間奏はFコードから始まるアルペジオ。深く、海に閉じ込められるようなイメージで、徐々に水面が近づく。そしてラストサビへ。
このアルペジオをジラフとの共作であることを踏まえ、「Back Stab」をオマージュするアレンジにした。そして(気付いてくれるかな…)とワクワクして皆に聴かせたら、誰も気付いてくれなかった。クッ。
ハッ、明日のファイナルの準備しなきゃ!!
ここまで読んでくれてありがとう。
毎度のとこながら日を跨ぎすぎてよくわかんなくなってるね。アシカラズ
Jerry Blossom。あと1回、あと1回だけ演奏するから。しっかり噛み締めて欲しい。俺もよく噛み締めながら演奏します。くれぐれも、宜しく。
また、ツアーに関する話も書きたいと思っている。では。
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