壁の向こうの隣人|短編小説(拝啓文芸部)
中学生まで、アパート暮らしだった。
固いコンクリート造り
5階建の最上階。
閉鎖的空間で、壁も冷たく、
どこにも逃げ場がない気がしていた。
右隣りの部屋は、キレイな奥さんのいる4人家族。
学校から家に帰る途中の階段で、奥さんとすれ違うと
「おかえり」
と言ってくれる。
「た、ただいまです。」
と、ぎこちないタラちゃんみたいな返事を
いつもしていた。
休みの日とかは、
その奥さんとすれ違わないかと
何度も階段を往復したこともある。
ベランダから身を乗り出して、
隣を覗こうとしたこともある。
いま、思えば
あれが初恋の人だったのかもしれない。
閉鎖的空間に、唯一の心の拠り所。
このアパートは、社宅だったので
いつかは家を建てるなり買うなりして
引っ越さなければならない。
先に引っ越したのは、その隣人家族だった。
引っ越しの挨拶にと、その奥さんが
うちを訪ねてきた。
玄関先で、母親がその奥さんと話している。
玄関が見える突き当たりの部屋で、
スーファミをしながらチラチラと横目に見る。
母親の背中越しに目が合った。
ニッコリ笑ってくれた。
内心ドキッとしながら、
頑張って作り笑顔で答えた。
すぐに視線は、ゲームに向かった。
もう会えないんだな。
じわじわと実感が湧いてきて
その日の夜は眠れなかった。
それから程なくして引っ越していき、
隣人は空っぽになった。
たった壁一枚を隔てた向こうにも、
うちと同じく、人がいて生活があった。
隣人がいなくなって、
そんな当たり前のことを、思った。
*今回のお題に参加させていただきました。
*ご縁をいただいた Mr.Q様 ありがとうございました。
