たけとたけのこすきなだけ|岡田謙三と李禹煥・竹を描いた画家たち【目黒区美術館】
目黒区美術館で開催された「岡田謙三 パリ・目黒・ニューヨーク」展に行ってきた。とても良い!とても好きでした。時間を忘れられる静かな抽象作品、パステル調の色彩も好みで、とても満たされた気持ちになる展覧会だった。
◯李禹煥になる前の

なすにきびは李禹煥が好き。特に、東京国立近代美術館にある《点より》や《線より》など。鮮やかな青色で刻まれるリズムに乗って、心の中にある色々な邪念が全部持ってかれて掃除される感じ、もの派の哲学とか関係なく、李禹煥の画面が持つ爽やかさがとても大好き。「すきな絵はなんですか」と聞かれた時、大半の人が一つに絞れない!と困ってしまうだろうと思うけれど、「自分用に欲しい絵は?」と聞かれた時に、李禹煥の作品は、家に飾っておきたいと思うような、いつまでも見ていられる健康的な絵だなーと思う。

画家の説明をするときに、他の画家を取り上げるのはいかがなものかということもありつつ、岡田謙三は、そんな李禹煥がお気に入りの人なら、きっと好きになるのではないでしょうか。

今展覧会のメインビジュアルになっている《間隔》。余白の美を思わせるような「間隔」というタイトルもピッタリで、李禹煥の立体作品の《関係項》シリーズを二次元に落とし込んだような、日本庭園を思わせる穏やかな抽象。色彩以外の李禹煥との圧倒的な差として、岡田の作品は画面の白い部分だったりの余白の部分にも、ナイフやローラーなどで繊細な画肌が作られている。

さらに、折り紙をコラージュするとこから創作の発想を得るというスタイルからできる画面は、大きく壮大な画面であっても、心の中に収まるような小さな満足感を持つ。東洋の幽玄の感覚をうまくミックスした抽象ということで、画商のベティ・パーソンズから「ユーゲニズム」という言葉を与えられているように、静寂だけにとどまらない、お話の中に魂が飛び込めるような没入感も内包していて、とても素敵!

「抽象」と言いつつ、当時全盛だったアメリカ抽象のような純粋なものではなく、ほとんどの作品が元になる風景がすぐに目に浮かぶような画面のものが多かった。↑《流れ》も屋内からちらっと見える川の流れと岩が、絶妙にデフォルメされている。その自然のデザイン化は、琳派や近代日本画と紡がれてきた正統の日本美術の技という感じで心地がよい。
ここまで見てみるとわかるように、李禹煥に近いといえど、李禹煥ほど東洋の余白を標準化した純粋な形態ではなく、特に日本らしい画面を限りなく残した彩りに包まれた作品だということがわかる。そしてそれがなすにきびにとっては、まさにど真ん中!軽やかな気持ちのまま、小鳥になって絵の中に飛んで行きたくなった。
《風》の表現も、李禹煥の表現とだいぶ近いところにあることがわかる。

◯竹・垂直の春!
岡田謙三の半抽象のモチーフの中で特に印象に残るのが竹。東洋、日本美術の中でも、おめでたく伝統的な植物である竹は、そのシンプルな形からも岡田のスタイルにビタッとハマるモチーフだったのだろうな。

軒先から見ている籠と竹の風景なのだろうか。成長点である節を描かず、ただのぺっとした細い棒を描く、というデフォルメは意外と斬新な表現にも思える。李禹煥の《線より》や千住博のウォーターフォールシリーズ、さらには掛け軸という存在からも、上から下にまっすぐ落ちるという形が日本の美意識に根ざしているというところがあるけれど、岡田の竹はその部分に加えて、まさに細長い折り紙のように、平面的なリズムを楽しむ要素として置かれている気もする。


横長の作品にも竹は登場。《ダブル・ランドスケープ》↑の中央部分に現れる細長い緑もおそらく竹由来なのでは!まさに伝統的な日本の草花屏風を思わせるモチーフばかり。色味や形は、新鮮な雰囲気を纏いつつも、全体の印象的なは既知の感覚で、心が安らぐ不思議な作品。
《アッサンブラージュ》↓に見られるような、斜めに浮かぶような長方形も、元のイメージは竹なのでは?と考えることもできる。幽玄の世界で竹は、自然を表すイメージから浮遊する長方形に変身する。


ちなみに今展覧会ではこれのみが《竹》と称される。↑
《重》↓こちらも、竹という言葉はどこにも使われないけれど、元のイメージとしては、海と空、そして岩とその上にある竹という感じじゃないだろうか。そう考えると東洋的シュルレアリスムの画面ともとることができる。奥深いユーゲニズム。


でっかい白棒が大胆に画面を貫く、《垂直》。竹のイメージは無機質な垂直へ。この作品も山に映える竹という景色が岡田によって幽玄な抽象に進化した結果かもしれない!
そう考えると李禹煥の近年の作品も竹の一節をイメージしているのかな?と思ったりする↓。
◯色々な竹、好きなだけ
そんな竹が印象的な作品の数々。筍が伸びて青く伸びるせっかくの初夏なので、他にもお気に入りの竹や筍の絵を紹介したい。
・福田平八郎
竹、筍を描いた画家で一番好きなのが福田平八郎。装飾性と写実の掛け合わせの頂点と言ってもいいんじゃないだろうか!岡田謙三のユーゲニズムにも通じるような、静かでありながらも、鮮やかな色彩と軽やかな造形。竹も筍も可愛らしくもありながら、これからどんどん伸びていく力づよさと青さも感じられる。大好き。福田平八郎は代表作《漣》も然り、岡田謙三や李禹煥の、東洋の静けさの美に接続する、抽象化ができる画家でしょう。
・東山魁夷
色彩が特徴的な日本画家といえば、絶対的な東山魁夷。《夏に入る》は流石の青の画家といった感じで、東山ブルーとはまた違った青さと言っても、色と模様の表現を使い分けつつ、シンプルな竹にも様々なバリエーションを出すことに成功している。とてもワクワクする竹。まさに今の季節にみたい作品。
・下村観山
東京国立美術館にて、岡田謙三展と同時期、そして同じく10日に回顧展が終了した下村観山。絶筆と言われる《筍図》↑。地面に埋まっているのではなく、横たわった植物、食材としての筍だけれど、ここまで生き生きしていて美しく描くのが観山の技巧。後期展示の竹の絵はこんな感じ↓
上記の東山魁夷そして、福田平八郎より前、近代日本画画壇の初期なのでもちろんそれまでの伝統に則った墨による竹の表現。先の二人と比べると結構、風に揺れるような、竹の単体に注目するというより、「竹林七賢図」にも従って、竹林全体の雰囲気を作るといった表現。斜めに伸びたり、割とヘニョっとしている竹は、まさに朦朧体によるものといった感じ。
・横山大観
観山から、朦朧体つながりで大観をみると、さらにThe朦朧体の中での竹がどのように描かれるかがわかる。このビヨーンと自由に揺れる感じ。竹を描くというよりも、竹を包む風と空気を描いている。ぼやぼやが大好きなのでさらに雨まで降らせちゃう↓。掛け軸という限られた画面の中で、竹林全体を俯瞰してみる構図も大観ならではという感じで好き。
・石崎光瑤

花鳥画を得意とした京都画壇の石崎光瑤は、刺々しい驚異の斜め具合!
こうして見てみると、竹と筍はその画家のスタイルが前面に現れることがわかる。近代より前ももちろん、
応挙の中国絵画らしい、細くて優麗な竹↓
若冲のまさに奇想の面白い竹↓
等伯は《松林図屏風》に劣らない、流石の空間表現の竹↓
光琳はやはりリズム感が素晴らしい竹↓
◯岡田謙三とても好き!
竹というのは日本美術もとい中国、朝鮮美術でも数えきれないほど描かれているので、何かお気に入りのマイ竹がある方はぜひコメントで教えてください。竹展を考えてもだいぶ面白いものになりそう。
というわけで、幽玄の竹、岡田謙三が大好きになっちゃったという話でした。岡田謙三は戦前の藤田に影響を及ぼした人物画などもだいぶ好きだったので、これからも注目したい!


藤田の戦争画にもつながる、人の重なり
いいなと思ったら応援しよう!
偏った美術愛ですが、面白いなと思っていただけたら、いいねフォローなどよろしくお願いします。大変はしゃぎます。