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【おはなし】熱帯夜 #シロクマ文芸部

「今日は熱帯夜になります」

天気予報でそう言うたび、ぼくは窓を少しだけ開ける。

だって、熱帯夜には熱帯魚がやってくるから。

誰も信じてくれない。


でもぼくは見たんだ。

夜中の十二時を過ぎると、空気がゆらりと揺れる。

月明かりが部屋に流れ込んで、窓の外を青いネオンテトラが一匹、すいっと泳いでいく。

あとを追うように、黄色いエンゼルフィッシュ。

しましま模様の熱帯魚。

赤く光る小さな魚の群れ。

みんな、水ではなく、ぬるい夜風の中を泳いでいる。

尾びれをひと振りするたび、風鈴がちりん、と鳴る。

魚たちは暑さを食べているらしい。

街じゅうの熱をぱくり、ぱくりと飲み込んで、お腹を虹色に光らせる。

だから朝になるころには、ほんの少しだけ風が涼しくなる。

ぼくは、その仕事を見届けてから眠る。


ある日の天気予報が言った。

「今夜は最低気温二十八度。今年いちばんの熱帯夜です」

夜になると、空は魚でいっぱいになった。

何百、何千という熱帯魚が、星の間を泳ぎ回る。

あまりの美しさに、ぼくは思わず窓を大きく開けた。

すると、一匹の小さなクマノミが部屋へ入ってきた。

ぼくの額に、ひんやりと鼻先をつける。

その瞬間、まとわりついていた暑さが、すうっと消えた。

クマノミは満足そうにくるりと回ると、仲間たちのいる夜空へ帰っていった。


翌朝。

ニュースでは「昨夜も記録的な熱帯夜でした」と伝えていた。

誰も、夜空を泳ぐ魚たちの話はしない。

でも、ぼくは知っている。

熱帯夜というのは、暑い夜の名前じゃない。

熱帯魚たちが、街の暑さを食べに来る夜の、本当の名前なのだ。


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