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【エッセイ】夏の終着点 #風まかせ文芸部

8月の終わりに誕生日がある。

誕生日が近づくと、夏が終わる気がする。

まだまだ暑い。
蝉だって鳴いているし、冷たい麦茶もおいしい。

なのに、自分の誕生日がやってくると、
「ああ、夏も終わりなんだな」と思う。

考えてみれば、子どもの頃からそうだった。

私の誕生日は、いつも夏休みの終わりの頃。

それが、子どもの私はちょっと嫌だった。

誕生日に、学校で「おめでとう」と言ってもらう友だちがうらやましかった。

朝、教室に行ったら、
「今日、誕生日なんだって?」
なんて言われたり。

給食の時間に、いつもより少しだけ特別な気持ちになったり。

そういう誕生日に、少し憧れていた。

でも私の誕生日は、夏休み。

学校には誰もいない。

友達にも会わない。

家族には「おめでとう」と言ってもらえるけれど、
それと、友達に祝ってもらうのとは、子どもにとっては少し違う。

だから誕生日がくるたびに、

「なんで夏休みなんだろう」

と思っていた。

今思えば、ずいぶん勝手な話だ。

夏休みはあんなに待ち遠しかったのに、
自分の誕生日だけは、学校が休みであることを恨んでいた。


そして今。

8月の終わりに誕生日がくると、
私は夏の終わりを感じている。

子どもの頃は、
「夏休みだから嫌だ」
と思っていたのに。

今は、
「夏が終わってしまう」
と思う。

あの頃は、夏休みが長ければ長いほどよかった。

今は、夏休みの終わりが近づくと、
少しだけ時間を戻したくなる。

もっと夏でいてほしい。

まだ終わらないでほしい。

そう思っている自分がいる。

子どもたちの夏休みを見ていると、
昔の自分の夏休みも、ときどき重なって見える。

暑い午後。

だらだら過ごした時間。

宿題を思い出して焦る夕方。

何でもない一日なのに、
なぜか長く感じた夏。

そんな夏の最後のほうに、
私の誕生日がある。

子どもの頃は、誕生日が夏休みに埋もれてしまうのが嫌だった。

今は、誕生日がくることで、
夏が終わってしまうのが寂しい。

同じ8月の終わりなのに、
感じ方はずいぶん変わった。

歳を重ねるということは、
こういう小さな感覚まで変わっていくことなのかな。

誕生日は、自分が生まれた日。

でも私にとっては、

夏を見送る日でもある。


8月の終わり。

まだ暑い空の下で、
蝉の声を聞きながら思う。

今年の夏も、もうすぐ終わる。

そして私は、またひとつ歳を重ねる。

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