見出し画像

【掌編小説】昨日の私へ #拝啓文芸部

 午前二時十三分。

 赤ちゃんが泣いた。

 私は目を開けるより先に、時計を見た。

 まだ一時間しか経っていない。

 さっき授乳したばかりなのに。

 布団の中で一度だけ目を閉じる。

 もう少しだけ。

 そう思った瞬間、泣き声が大きくなった。

 私は起き上がった。

 暗い部屋の中で、赤ちゃんを抱き上げる。

「どうしたの」

 もちろん、返事はない。

 お腹がすいたのかもしれない。
 おむつかもしれない。
 暑いのかもしれない。
 寒いのかもしれない。

 それとも、ただ泣きたいだけなのか。

 わからない。

 母親になれば、赤ちゃんのことが自然にわかる     ようになると思っていた。

 泣き声を聞けば、「あ、お腹がすいたんだね」
 なんて、すぐにわかるものだと思っていた。

 そんなものではなかった。

 私は毎日、この子の泣き声を聞きながら、
 答えを探している。

 授乳する。

 飲んでいる。

 ちゃんと飲めているだろうか。

 全部飲み終わるまで、私はじっと見ている。

 飲み終わる。

 少し安心する。

 げっぷをさせる。

 布団に寝かせる。

 泣かない。

 よかった。

 私はその場を離れる。

 そして、すぐに戻る。

 胸が上下している。

 眠っている。

 大丈夫。

 そう思って、また離れる。

 数歩歩いて、また戻る。

 ちゃんと息をしている。

 また離れる。

 こんなことを、何度繰り返したかわからない。

 眠りたい。

 でも、眠るのが怖い。

 目を閉じているあいだに、この子に何かあったらどうしよう。

 そんな考えが頭から離れない。

 夫は夜勤でいない。

 

 そして朝になれば、また一日を始める。

 おむつ。
 授乳。
 洗濯。
 泣き声。
 抱っこ。

 そして、また夜。

 赤ちゃんは小さい。

 あまりにも小さい。

 この子は、自分で何もできない。

 お腹がすいても言葉にできない。
 暑くても服を脱げない。
 苦しくても助けを呼べない。

 眠ることさえ、自分ではうまくできない。

 だから私がいる。

 私が見ていなければならない。

 私が気づかなければならない。

 私が、この子を生かさなければならない。

 その言葉が、日に日に重くなっていった。

 「育てる」ではなく、
 「生かす」。

 今日を無事に終わらせる。

 明日まで、この子を連れていく。

 ただそれだけのことが、
 こんなにも大変だとは知らなかった。

 朝になった。

 カーテンの隙間から光が入ってくる。

 赤ちゃんは眠っている。

 私はほとんど眠れていない。

 それでも起きる。

 今日も一日が始まる。

 


 私は赤ちゃんと二人きり。

 泣き声がする。

 また始まった。

 そう思う。

 もう疲れた、と思う。

 ひとりになりたい、と思う。

 でも、赤ちゃんを抱き上げる。

 小さな身体が私の胸に収まる。

 温かい。

 私はその温かさを確かめる。

 生きている。

 今日も生きている。

 それだけで、安心した。

 

 あの頃の私は知らなかった。

 一日を終えた自分に、
「今日もよくやったね」
なんて言ってあげる余裕がない日々が、しばらく続くことを。

 赤ちゃんが眠れば、自分も眠らなければと思う。

 今日の反省をする暇もない。

 今日を喜ぶ暇もない。

 ただ、明日を迎えるために眠る。

 だから、昨日の自分に感謝することなんて、一度もなかった。

 昨日の私は、昨日を終えるだけで精一杯だった。

 でも。

 今、私は思う。

 今ここにいるのは、
 あの昨日があったからだ。

 あの夜、眠い目をこすって起きた私がいた。

 泣いている赤ちゃんを抱いた私がいた。

 息をしているか何度も確かめた私がいた。

 わからないまま、怖いまま、それでも今日へ連れてきた私がいた。

 昨日の私には、
 明日の私なんて見えていなかった。

 ただ、この子を今日から明日へ渡すことしか考えていなかった。

 でも、その一日一日が、
 私たちの今になった。

 だから今なら言える。

 

 きのうの自分、ありがとう。

 

 今日まで、この子を生かしてくれて。

 今日まで、私を生かしてくれて。

 



いいなと思ったら応援しよう!

さりー よろしければ応援お願いします。記事を読んでいただき、ありがとうございます!