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【創作エッセイ】夜店から遠ざかる #シロクマ文芸部
夜店を抜けると、急に夜が広くなる。
さっきまで頭の上で揺れていた提灯は、少し歩くだけで遠くの灯りになり、祭り囃子も風に乗って途切れ途切れに聞こえてくる。
娘は何度も振り返る。
「まだ見えるよ。」
そのたびに私も足を止める。
屋台の灯りは、夜の向こうで小さく瞬いている。焼きそばの匂いも、金魚すくいの歓声も、笑い声も、あの場所にはまだ残っているのに、私たちだけが少しずつ遠ざかっていく。
楽しい時間は、帰り道からもう思い出になり始めている。
だから胸が少しだけ苦しくなるのだ。
娘が手首を見せる。
屋台で買った光るブレスレットが、青や緑に色を変えている。
私は子どもの頃、楽しいことが終わるのが苦手だった。
遊園地でも、お祭りでも、おばあちゃんの家でも、楽しければ楽しいほど、終わりが近づくことが悲しかった。
だから私は、必ず聞いていた。
「あとどれくらい?」
「何時に帰るの?」
もっと遊びたいからではない。
終わりが来ることを、少しずつ自分に教えていたのだ。
突然「帰るよ」と言われるより、自分の中で「もうすぐ終わる」と何度もつぶやいていたほうが、少しだけ寂しさに耐えられた。
大人になった今ならわかる。
あれは時計を気にしていたのではなく、別れを気にしていたのだ。
夜店から遠ざかる提灯の灯りを見ていると、あの頃の私が、今も胸のどこかで「あと何分?」と小さく尋ねている気がする。
手の中に閉じ込めておけないものほど、心の奥深くに残っていく。
今日という夏は、もう二度と戻ってこない。
遠ざかっていくのは夜店だけじゃない。
過ぎていく季節も、幼かった娘も、あの日の私も、みんな静かに遠ざかっていく。
夜風が頬をなでる。
もう祭り囃子はほとんど聞こえない。
それでも胸の中では、提灯の灯りだけが、消えずに揺れていた。
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