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怖がりな僕と、大人気ないオバケたち

「万里って、見た目の割にすごい怖がりだよね」

なんて、よく言われます。
どれくらい怖がりかというと、今まで遊園地のオバケ屋敷や肝試しに行ったことはないし、ホラー映画や心霊現象のテレビを一人で見たことがありません。

なんで僕はこんなに怖がりなんだろう。
自分でもずっと不思議だったのですが、今日スズムシの声を聴いた時にその原因となった事件を鮮明に思い出したんです。

保育園時代に起きた『オバケ屋敷事件』を——



【オバケ屋敷事件】

僕の通っていた保育園では、夏になると『オバケ屋敷の日』という謎のイベントがありました。
一つの教室をオバケ屋敷に改装し、オバケの仮装をした先生たちが園児を怖がらせるのです。

園長先生は「夏の伝統行事だ」と言っていたけど、夏の伝統行事って普通はプールとかスイカ割りじゃないですか。
今考えてもほんと謎だったし、それを楽しむみんなももっと謎でした。そんなに怖いのが好きなら墓地にでも住めばいいのに。

イベントの日が近づくにつれ盛り上がる保育園。だけど僕は憂鬱でしかたありませんでした。



「先生……ボク、お教室で待ってる」

オバケ屋敷の日、当日。
勇気を出して辞退を申し出たけど、担任の山本先生は許しませんでした。

「万里君だけワガママ言ってはいけません」
「だって怖いのイヤなんだもん」

なんでわざわざ怖い思いをしなきゃいけないのかわからないと半泣きで訴え続けましたが、聞く耳を持ってくれません。

困り果てた先生は、とうとう「ハア……」と大きいため息をついて言いました。

「そんなに言うなら教室で一人で待ってなさい!」

それ最初に僕が提案したヤツ。

でも、これで恐怖から解放される。ホッとしていると、先生は教室を出る直前に振り返って言いました。

「部屋の電気は消しますから! あと、このお教室にもオバケが出るから気をつけることね!」

なにそれ怖い。

そして園児に捨てゼリフを吐く山本先生も超怖い。

そんなこと言われたらもうここでお昼寝できないじゃん、と思ったけどそれでも「アグレッシブに怖がらせてくるオバケ屋敷よりはマシ」と、暗い部屋の隅で体育座りで待つことにしました。



「コワカッタネー」
「デモ、タノシカッタネー」
「モウイッカイ、イクー?」

廊下から聞こえる友達たちの声。

僕、そんなにいけない事をしたのかな。
給食を残したわけじゃ無いし、お歌を歌わなかったわけでもない。
ただ怖いのが苦手で、それを避けただけなのに。

山本先生だって虫が苦手で、教室にダンゴムシが入ってきた時に

「先生ダンゴムシさわれないから助けて!」

って言ってたじゃん。
それと一緒なのに、なんで僕だけ怒られるんだろう。

ヒザの間に顔をうずめてイベントの終了を待ちました。

ガラガラッ!

勢いよく開くドアの音。驚いて顔を上げると、目の前に山本先生。

「反省した?」

いやこれ反省タイムだったんかい。

どう答えればいいかわからず黙っていると、先生は僕の横に座り優しく語りかけてきました。

「……あのね。先生達はみんなに怖がってもらいたくて、一生懸命お化け屋敷を作ったのよ? 何がイヤなの?」

怖がらそうとしているのがイヤなんだよ。

「だって怖いんでしょ? ヤダよ。どうせなら楽しいのがいいよ」

「あら、怖くないわよ。ううん、むしろ楽しい。遊園地なんかよりも、ずっとずっと楽しいから!」

「ほんと?」

「本当よ。そうだ、先生が一緒にまわってあげる! だから安心しなさい!」

そうだよね。よく考えたらオバケ屋敷だからって怖いとは限らないんだ。
素人の先生達が凝ったセットなんて作れるわけないんだし。
きっと「オバケ屋敷」なんて名前ばかりで、部屋の中は陽気な歌が流れ、先生達がオバケの格好でダンスしているだけかもしれない。

僕の脳内はメルヘンな妄想でいっぱいになり、つい先生の手を握ってしまいました。
僕の顔を見てニンマリと笑う山本先生。

「じゃ、行きましょう!」

先生の声は、どこかハシャいでいるようにも聞こえました。



オバケ屋敷に向かう廊下は僕と先生の二人だけ。誰もいません。どうやら僕が最後だったみたい。

「先生、ほんとに遊園地より楽しいの?」

山本先生は目をキラキラさせて答えました。

「もちろん! 遊園地のオバケ屋敷なんかよりずっとずっと怖いわよ! 楽しみね!」

え? ずっと怖いの……? 話ちがうよね……?

オバケ屋敷の部屋の前に立つと、先生はゆっくりとドアを開けて言いました。

「どう? 頑張って作ったのよ」

恐る恐る覗き込むと、部屋の中は「ザ・オバケ屋敷」って感じ。メルヘンのカケラも感じられません。

「イヤだぁあああ! 帰るぅううう!!」

当然僕は叫びましたが、詐欺師(山本先生)は「大丈夫、大丈夫」と手を引っ張り強引に部屋に入って行きました。

(ちなみに卒園式の時に先生達から聞いた話では、オバケ屋敷に絶叫しながら入ってきたのはイベント史上で僕が初めてだったようです。
「万里君は叫びながら入ってきたから、逆にこっちがビックリしちゃったわよー」
「あーわかるー」
だって)

内部は素人が作ったと思えないほどリアルな柳や古井戸がありました。この熱意が意味わからん。

「安心してね。私が全部タネ明かししてあげるから」

部屋の隅にある柳を指差す山本先生。

「あそこに血まみれの鈴木先生が立っているけど、鈴木先生は元気だから」

いや『血まみれの鈴木先生』ってワードがすでに怖いです。

あと、鈴木先生の演技がハンパねぇです。

だって鈴木先生、リングの貞子みたいにユラユラと揺れながら見下ろしてるだけなの。無言で。

子供を怖がらせる時って普通「オバケだぞー」とか「うらめしやー」とかセリフありきじゃないの?

「鈴木せんせー、何か言ってよー」そう言って衣装の裾を引っ張ったけど小刻みに揺れるだけ。しゃべれや。

知ってる人が知らない人みたいになってるのが怖くてギャン泣きしました。

「シッ。万里君、ちょっと止まって…」

古井戸の手前まで来ると山本先生が立ち止まって耳に手を当てます。

「井戸から泣き声が聴こえるけど、これウッチャン(内田)先生の声だから。でもウッチャン先生も元気だから」

だからなんでセリフじゃないんだよ!

大人の女性の泣き声なんていつ聞いても怖いよ!

あとなんで山本先生はみんなの体調を執拗に伝えようとするんだよ!

「ウッチャンせんせー、泣かないでー」

大声で泣きながら応援すると

「ウゥ、ウゥウッ…ック…ククッ……プ」

ウッチャン先生、井戸の中で笑ってました。

リーン……リーン……

さらに進むとスズムシの声が聞こえてきました。

そういえば、園長先生が開始前の挨拶で

「出口にはラジカセ置いてスズムシの声を流します。これが聞こえたらゴールはすぐそこ。みんな頑張ってね!」

「園長せんせー! なんでスズムシの声なの?」

「それはスズムシが秋の虫だからよ。夏の終わりは、オバケ屋敷も終わりなのよ」

なんてやりとりをドヤ顔でしていたっけ。
てことは、悪夢もこれで終わりだ!

「ダメっ!」

出口に走ろうとする僕を山本先生が引き留めます。

「ダメよ。アレは園長先生のワナだから」

なんでオバケ屋敷にワナとかあるの?

「スズムシの声で出口だと油断させて、気が緩んだ最後に驚かすのよ」

どうやら園長先生の挨拶は伏線で、あの瞬間から既に「オバケ屋敷」というイベントはスタートしていたようです。

オバケよりも園児相手にガチの心理戦を仕掛ける園長が一番怖いんですけど。

「あの『出口』の看板。あそこの影からゆっくり出てくるからね」

「なにが出てくるの?」

「なにって、園長せんせ……あ」

「え?……あ」

「万里く〜ん」

園長先生が抱きついてきました。

「うああぅあわあぁあッッ!!!!!」
「大丈夫! 園長先生も元気だから!」

みんな元気なのはわかったから!

あまりにも大声で泣いたから鈴木先生もウッチャン先生も出てきてなだめようとしてくれたんですが、僕からすれば単にオバケに囲まれてるだけじゃないですか。
バイオハザードでゾンビに襲われるシーンみたいになってるんですよ。

まぁ、大号泣ですよね。

「もう絶対にオバケ屋敷なんか行かない。肝試しもしない。怖いテレビも見ないし、怖いお話も聞かない」

大人気ないオバケたちに囲まれながら心に決めました。

そして、この日を境に僕の「怖いものから全力で逃げる人生」が始まったのです。

(ちなみに卒園式の時に園長先生をはじめ他の先生達から聞いた話では、僕のリアクションが良くてやり過ぎたみたいです。
「万里君が怖がるの見てたらつい……ねぇ」
「あーわかるー」
だって。
わかるーじゃねぇですよ、マジで



——僕が極度の怖がりになった理由。
それは保育園の『オバケ屋敷事件』が原因でした。
ちなみにスズムシの声に対して何故か警戒心を抱く理由も思い出しました。
マジでトラウマまみれですわ。

まぁでも、今思い返せば微笑ましい思い出ですよね。

卒園して小学生になってからも、しょっちゅう友達と一緒に保育園に行っては

「山本先生、これあげる!」

封筒に大量のダンゴムシを入れて渡しに行ってたし。


「万里って、見た目の割にすごい根に持つよね」

それも、よく言われます。

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