GUISE ——
私は、盲目的に好きなブランドの服があります。
正直なところ格好いい服だから だけでなく
それを着た私を格好よく見せてくれるから好きなのだと思います。
丸裸のままでも成立するような立派な肩書きやキャリアを持っているわけではありません。
「どんな人なんですか」と聞かれて、自分について説明しようとすればするほど
むしろ消えてしまいたくなることがあります。
第一印象とずいぶん違う と言われることもよくあります。
創作というものには、自分の理想や願望を自由に詰め込めるのかもしれません。
一方で私は
何かを作ろうとするときでさえ 最初に「相手にはどう見えるのだろう」という感覚です。
今回の作品は、私にとって初めての手法でした。
木を一体ずつ彫りワイヤーで四肢をつなぎ獣の被り物を作り靴下を履かせる。
思った以上にとてもとても時間がかかりました。
そして最後の仕上げに入ったころ 昔の出来事をいくつか思い出しました。
ある国で ただ普通に道を歩いていたとき突然肘打ちされたことがあります。
唾を吐きかけられたこともあります。
散歩のご婦人に「犬が通るのだから道をあけろ」と言われたこともありました。
相手は一瞬でこちらを判断し その判断の中で先に関係を決めてしまう。
人は、とても短い時間で他人を見ます。
同時に 自分もまったく同じことをしているのだと気づいたことがあります。
別のある国で特別な規律によって 特別な服装をの方々が生きています。
当初私は 本人の自由意志より大きな規則に従わされているのではないかと否定的でした。
そんな中
その決められた服装をしていない女性が煙草を吸っていたんです。
私は「自分の権利を主張できる、強い女性なのだ」と思ったのです。
ところがその女性は火のついた煙草をそのままスーパーのゴミ箱へ捨てました。
危険だと思い 通報しようとすると、異常な威嚇されました。
特徴的な服装をしているからといって 判断材料を超えることもある。
何の特徴もないような外見が 想像をはるかに越えた何かが含まれている。
文化も流行も社会的な記号もときにはまったく役に立たなくなる瞬間がああって。
「今日はこれを着る」
そのごく普通の選択の中にも
実はたくさんのものが混ざっているのだと思います。
「装う」という行為は
完全な自由意志でもなければ 完全な偽装でもなくて。
自分で選んでいるようで選ばされてもいて
その間を行ったり来たりしている。
『GUISE』🟰「装う」「外観」「見せかけ」といった意味があります。
装っているから偽物なのではなく
装わなければ外へ出られないこともある。
たぶん簡単には埋まらない隙間をもって外にでるんです。

