Thank you dear my father🩵🩵🩵お父ちゃん,ありがとな💙💙
:「お父ちゃん、聞こえてますか?久しぶりに、あなたのことを思い出しました。」
過去記事の「お姉ちゃんだった私へ」〜インナーチャイルドの癒し〜に少しだけ父親に触れていました。
もしよければぜひお読みください。
記事にあったように、私は父は母をいじめる悪い人…と言う決めつけで、生きてきた。
その父が私が高校3年生に突然この世から消えてしまう…
得意先での仕事を終えてトイレに入ってから、事切れたのだ。脳出血で。
亡くなる二、三日前に、突然、父から声をかけられ
「アヤコ、こっち、来てみ」
思いの外、優しい声かけに心底本当に驚いた。
いつも厳しい表情をし、母 を罵倒する父、私たちきょうだいにも言葉少なめで怖い存在だった。
そんな父が何を言い出す?怖い…叱られる事私したんやろか?
父「あのなぁ、アヤコ、お父ちゃん、こんな習字載ってる本、好きやねん」とか言って習字の本を見せてくれた。
「お父ちゃんな、お前らに多分、財産残してやれん、貧乏やしな。その代わり教育言う財産残してやりたいねん。そやから受験勉強がんばりや」と言ってくれたのだ。
いつも厳しい父が…内心
「なんやねん、意味わからんわ、突然…」
でも嬉しいようなくすぐったい気持ちだった。
正直言って「幼い頃から苦手やし、しかもお母ちゃん、いじめてんねんで!」と、長い期間をかけて父を否定し続けていた。
学校から帰る道すがらで会っても無視。「あっ!お父ちゃんや、でも無視、無視」でやり過ごしていた。
その父が突然、私たちの視界から消えてしまったのだ。
えっ!?ウソ?あれってもしかして最後の言葉やったん?
そんなん、これ夢であってほしい…嘘やろ〜!!
でも事実は残酷で呆気なく荼毘に付され、葬儀は滞りなく進められた。
私たちは衝撃の中でしばらく立ちすくんでしまった。
父を亡くしてからは後悔の念でいっぱいになり自分を責めた。
なんでもっと優しい娘でいてあげられへんかったんやろ?
亡くして初めて父の本当の姿を知ることになる。
父も親から優しくされた事がなかったらしい。
24歳で父親になり(母親の方が6歳年上←やるやん、お母ちゃん😆)
子供にどう接したらいいかわからなかった事。
言葉よりも行動で家族のために一生懸命に働いてくれたこと。
お父ちゃんが「財産、残されへんけど、教育言う財産残したりたい」言うてたけど、
結局大学進学を断念して就職して母を支えることになる。
「お父ちゃん、ほんま可愛くない娘でごめんな。私、働くから見守っていてやー」と1人つぶやいていた。
ことあるごとに父に語りかける日々。
不器用だった父。言葉少なめ、いつも顔を真っ赤にして怒るから私たちきょうだいは赤鬼みたいや、と陰口叩いていた。
話は端折るが、20年の私の不幸な結婚生活。
私の幼い頃の父と母のように私の家庭も決して平穏な生活ではなかった。娘2人にもいさかいの絶えない姿を見せてしまうことに…。
私は絶望の思いで呟いていた。
「お父ちゃん、こんなに情けない姿を見たら悲しむやろな、ごめんやで、」
毎日のように「お父ちゃん…あのな」と呟く日々。
そうしていたら突然、胸の辺りが温かく熱い塊のようなものがドンと入ったような気がした。
あ、お父ちゃん?強い意思のようなエネルギーの塊が胸の中に、鎮座して私はなんだか強い気持ちを持てるようになり、
もうこの家にいたらあかん、自分をダメにしてしまう、と家を出た。
その時の描写はまたの機会にするとして、私は父親に守られるようにして第二の人生を歩むことに…
親という存在は、亡くなってからも、こうして、寄り添って励ましてくれる存在なんやと
力強く思った。
お父ちゃんへの手紙。
あなたのことを「怖い」と思っていたあの頃の私が、
今こうして、あなたを想って涙を流していること、
天国でちょっと笑ってくれてるやろか?
あなたの不器用な優しさ、ようやく少しだけ、受け取れるようになりました。
私も歳を重ねて、母としての顔も持って、
やっと、あなたの背中にあった“愛のかたち”が見えてきた気がします。
だから今日は、あの頃には言えなかった言葉を届けます。
お父ちゃん、ありがとう。
ほんまに、ありがとう。
よう生きてくれてたねって、私に言ってくれてありがとう。
※※この記事の最後の手紙の一節は、私の心の中の声を、チャットGPTさんに手伝ってもらいながら形にしました。
私ひとりではまだうまく言葉にできなかった気持ちを、こうして届けられることに感謝しています。※※
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
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