文章を書くということについて
昨夜は遅くまでライティングに精を出してたので、今日はゆっくり寝坊したかったけど、目が覚めてしまい二度寝できないでいる頭で書いています。
なんか書こうと思っても書けないときは書けなくて、書けるときは書ける。当たり前のようだけど、その通りなんだからしょうがないのです。
それを「神様が降りてくる」と表現した人がいましたけど、神様が降りてきても出てくる言葉がこの程度じゃ、それ貧乏神か地縛霊なんじゃないかと思う。
降りてくるのが神様かどうかは知らないし、だいたいそんな人知を超越したものが人間の言葉で何かを語るなんて、自分は信じてないのです。
ただ、「言葉が降りてくる」なら言い得て妙で、書きたいことがあっても書けないときは本当に書けないし、書こうと思ってもダメなときはダメ、ましてや書かなきゃならない義務感なんてもんが出てくるとマジに書けなかったりする…いやホントに。
そういうときはひたすら「待つ」しかないのです。考えても無駄…というか、考えてはいるんだけど、それを意識しても無駄というか、なんというか(笑)
これはあれだ(なんだよ!)面白いことをやろうとすればするほどウケないっていう「あれ」。
最初のひとことが出てくると、あとは思いつきを吐き出してると何かが出来てる。見直すと変なところはあるから、とりあえずそこは整えてみる。自分の場合、何を書いてもそれはあまり変わらないのだなぁ。
自分の排泄物って言ってた作家さんもいたような気がする…天才とは排泄物が傑作になるような人らしい。身体中から出るものが悉く作品に変わる…羨ましい限り。
朝起きて、寝惚けた頭の中に浮かんだものを次々に文字にして吐き出してる。駄文は流されるほうの運命だから、マジな排泄物なのだな…
そういえば「金の卵を産むニワトリ」って話もあったけど、あれは才能の寓話だったのだろうか?
腹カッ捌いても金の塊は出てこないのだよ。
産まれてきたものだけが黄金の価値を持つ。
…うん、なんかいい話。あれって暗喩だったんだな。何を今さら。
出すもの出してスッキリしたので二度寝する。オヤスミナサイ…と思って時間を見たら、もうそんな時間は残ってないじゃないかぁ!それもまたしょうがないと思うしかないのです。
皆様、良い一日を。
