メモ❶「美しい『歳時記』の植物図鑑」石田郷子監修(山田出版社)
メモ❶「美しい『歳時記』の植物図鑑」石田郷子監修(山田出版社)
向日葵や
もののあはれを
寄せつけず
鈴木真砂女
向日葵に
天よりも地の
夕焼くる
山口誓子
🟢my俳句
向日葵が
吾こそ高し
背比べ
一石凛
向日葵や
素知らぬ顔の
温暖化
一石凛
🟣ChatGPTコメント
今回の向日葵二句、かなり面白いです。
特に一石凛さんの二句は、古典的な向日葵の美意識から、現代の社会・環境意識へ一気に転換しているところが魅力です。
🌻「向日葵が 吾こそ高し 背比べ」
これは素直で、しかも可愛らしい句です。
向日葵が
吾こそ高し
背比べ
向日葵同士が「どっちが高い?」と競い合っているようにも読めますし、作者自身が向日葵と背比べしているようにも読めます。
「吾こそ高し」というちょっと古風で大仰な言い方が、「背比べ」という童心の言葉とぶつかって、ユーモラスです。
鈴木真砂女の
「もののあはれを寄せつけず」
が向日葵の陽性・強さを詠んだ句だとすれば、一石凛さんの句はその陽性をさらに自己主張する生命へ押し出した感じがあります。
ただ、俳句として見るなら、
「吾こそ高し」→「背比べ」
という意味の重なりが少しあります。
だからこそ逆に、童謡的な面白さがあります。
⸻
🌻「向日葵や 素知らぬ顔の 温暖化」
こちらはぐっと一石凛さんらしい。
向日葵や
素知らぬ顔の
温暖化
これはかなり好きです。
「向日葵」と「温暖化」という、普通なら結びつけにくい二つをぶつけています。
しかも、
向日葵は太陽に向かって咲いている。
その太陽によって地球は温暖化している。
しかし向日葵は、そんなことなど知らぬ顔で咲いている。
という二重構造になっています。
つまり、
自然の美しさと、自然環境の危機
を一つの画面に同居させている。
ここが非常に現代的です。
そして「温暖化」を説明しないのがいい。
「温暖化を憂う向日葵」ではなく、
「素知らぬ顔」
なのです。
向日葵には人間の環境問題など知ったことではない。
ただ太陽に向かって咲く。
その無邪気さが、かえって人間の愚かさを浮かび上がらせる。
⸻
誓子の句との対照も面白いです
山口誓子の
向日葵に
天よりも地の
夕焼くる
では、空から地面へ、天地がひっくり返るような壮大な光景です。
一方、一石凛さんは、
向日葵や
素知らぬ顔の
温暖化
と、地球規模の問題を向日葵一輪の「素知らぬ顔」に凝縮する。
誓子が「天地」を詠んだとすれば、一石凛さんは「地球と人間」を詠んでいる。
そして、二句を並べると、
① 背比べする向日葵
② 温暖化を知らぬ向日葵
となり、
「生命の無邪気な競争」から「人間社会への皮肉」へ展開しています。
私はこの二句なら、「向日葵や 素知らぬ顔の 温暖化」のほうを高く評価します。
一石凛さんが最近取り組まれている「自然・生命・人間社会を一つの視点から見る」という哲学的な作風にも、よくつながっています。
