【小説】特務課 定例会議 1
「遠い銃声」の後日の時間軸
「遠い銃声」を事前に読まれることをお勧めします。

01 佐夜鹿 翔吾 / 滝川 善行
今日は月に1回の課での会議が13時より、予定されている。
小野田ホールディングスの嘱託社員、滝川はいつも通り定刻の9時には出社した。
「 あー、あー、そういうことはー、あー、にほんごムズカシイねー」
先に出勤してきていた同僚のドイツ人、マックスことヴィルヘルム・ヤンカーが会社の固定電話の外線を取っていた。
来日12年の日本語ペラペラなくせに、わざと日本語が流暢ではないふりをするのは、その電話主が面倒くさい相手であるからだ。
「あー、日本語詳しい人出社してきましたから、代わりまーす」
滝川に向かって軽くウィンクをして受話器を渡す。
保留ボタンを押しながら言った。
「 ケーサツからで電話、北斗が職務質問拒否して署に任意同行だって」
「なんだと!」
朝一で、とんでもない事が起こってしまっていた。
北斗は今年の4月に入社してきたばかりの新入りの社員だ。
あわてて受話器を取り、滝川は警察の話を聞いて電話を切った。
「ちょっと北斗を迎えに署行ってくるわ」
「頼む」
マックスは両手を合わせてお願いのポーズをした。
いくら来日12年目の日本語ペラペラのドイツ人でも、今北斗を引き取りにいくことに関しては滝川を差し置いて行くことは考えられなかった。
滝川は今でこそ小野田の嘱託社員となっているが、数年前までは生活安全課にいた刑事だった。
「だから、もう、このマイナンバーカードや、運転免許証が偽造だっていうんですか。マイナンバーカードはちゃんとマイナポータルでログインできたじゃないすかっ!」
酒井北斗は警察署の一室で叫んだ。
目の前の30代の仕立てのいいスーツを着た男は小さく「うーん」と言った。
「だから、ログインできたからって、偽造してないのの、証にはならないよね」
「それに、俺、小野田の社員なんです、この社員証だって、偽物じゃないですよ、小野田本社で発行されたものです」
酒井北斗の目の前の刑事は漆黒の瞳を細めて言った。
「こっちも簡単に偽装できるんだよね、まあ、あえて偽装の仕方は話さないけどな」
くっ、と北斗が言った瞬間、制服の警察官が部屋に入ってきて、目の前の刑事に耳打ちした。
「ほう、やっぱりか、まあ、入ってもらえ」
酒井北斗という18歳の少年、彼の身元引受人となる者が来たという。
親や親戚ではなく、他人、会社の同僚。
「北斗」
刑事が振り向くと、かつての上司だった、60代の体の丸い男が取り調べ室に入ってきた。
「おやおやー、滝川さんじゃないですかあ、そうかあ、君は小野田の子だったんだ」
「おい、佐夜鹿(さやしか)、北斗に何をした」
怒りに震える滝川を見て、佐夜鹿と言われた刑事は溜息をついた。
「何をしたも何も、職質して拒否るんで同行してもらったまでですよ」
「そんな愚かな行為が今の日本で冤罪を増やしているのを知っててやってるのか」
「大げさですな」
わけのわからない場所に誘導されて尋問を受けていた北斗は、滝川の姿を見るとほっとした。大きな瞳に涙をうかべてすがってきた。
「滝川さあん、俺、会社の出勤途中にいきなり声かけられて、身分証明書偽造だって、引っ張られてきたんですよう」
滝川は机の上に散らばっている、運転免許証、マイナンバーカード、小野田ホールディングスの会社の社員証を見た。
「公が発行する免許証やマイナンバーカードはおたくで見ればわかるでしょう、本物です、きちんと彼がちゃんとしたルートで得たものであるとすぐにわかるはずだ、小野田の社員証は私も本物を持ってます、比べてみてください、同じでしょう?」
佐夜鹿の瞳は相変わらず疑っている。端正な顔の眉間にしわが入った。
佐夜鹿翔吾、代々、警視総監をはじめ警視庁の上級職の者たちを多く排出してきた佐夜鹿家の人間。もちろん、彼もキャリアの中に入っており、その出世街道をばく進している。
彼を出世に押し上げているのは圧倒的検挙率。
彼の(深淵)と呼ばれる漆黒の虹彩を持つ瞳に嘘を突きとおせる人間が少ないからだろう。
現役時代、それはすごいと思いつつ、だが違うと思ていった滝川だった。
また制服を着た警察官が入ってきて、佐夜鹿に耳打ちをした。
「んー、どうやら免許証とマイナンバーカードは本物だと裏がとれたようだ、すまなかったな、北斗くん、疑ってしまって」
滝川は言った。
「では、もう帰っていいんだな」
「その前に一つ…」
佐夜鹿は机の上に腕を置き手を組んだ。
「今年の4月下旬に、埼玉の5年前に廃業した産廃業者の施設で、小野田の社員二人が大型破砕機内に転落、一人破損した破砕機の刃で負傷という事故があったな」
ぴくっと北斗が動いた。滝川はまずいと思った。
北斗はこの事故の当事者、彼の上司である青樹 蓮が破損した刃で出血、一時期生死をさまよっていた。
この事故については、北斗もトラウマになるほどひどいもので、まだ日が浅く、赤の他人にかき回されたくはない事実だった。
「これ、あんただろ?」
「…はい……」
「佐夜鹿、今回の職質と、この事となんの関係がある?しかも事故だぞ」
滝川は北斗の顔を覗き込んだ。
大粒の涙がすでに机の上にぽとぽとと落ちていた。
「おい、佐夜鹿あ、彼はむしろ被害者だぞ」
「5年も前に廃業していた産廃業者の機械がなんで動いたのかなあ、通電してたってことは、誰かが電気代を払ってたってことだろう」
「そんなことしらない…」
酒井北斗は叫んだ。
「俺らは社長に頼まれて調査に来た。足場が腐ってて俺が落下した。それだけでしかない、俺のボスは、その時落下した俺を助けようとして体を伸ばして、その時、錆びて破損していた刃に当たって大量出血したんだ…俺の前で…大量の血…吐いて…」
ふっと貧血を起こしたかのように北斗は机に突っ伏してそして小さく泣き出した。
滝川ももらい泣きしそうになった。歳のせいだろうか、60すぎてからこういった状況に弱くなった。
「もう、もういいだろ、佐夜鹿、まだこの事故からそんなに時間がたってないんだ。こいつの上司は自分が怪我するのをわかってて、自分を犠牲にして北斗を救おうとし、何日も意識がないような状態が続いたんだ、こいつは毎日病院にいる彼の元に通って、足をマッサージしたり、話しかけをしたりしてたんだ」
「ふーん」
「ふーん、て……」
(深淵)の瞳からは何も読み取れなかった。たった今言った不幸な事故に対し、同情も、憐みも、哀しみも感じられなかった。ただただ、深い(深淵)
「佐夜鹿ア!」
「わかりました。いえ、別に聞いてみたかっただけですよ。あともう一ついいかな北斗くん」
滝川は佐夜鹿の胸倉をつかむ。
北斗は大きな瞳から流れてくる涙をティッシュでぬぐっていた。
「よせよ、滝川さん。俺はここで元上司のあんたを逮捕したくないんだ」
滝川は手を放す。
「じゃあ、北斗くん。最後に聞かせてくれ、こっちを向いて」
北斗は顔をあげる。
「君は酒井北斗として、生まれてからこれまで生きてきたんだね」
佐夜鹿は北斗に引き続きいう
「答えて」
「はい…」
「別の名前を語って、別の職場や別の学校で生活をしてきたことはないね」
「佐夜鹿あ」
「滝川、黙れ」
冷静に佐夜鹿は続けた。
「はい…」
「では、俺の目を見て」
「君は、本当に酒井北斗くんなのかな、他に名前はないのかな?」
「?」
滝川は見かねて口をはさんだ。
「佐夜鹿、お前は知ってて知らないふりをしているんだろうけど、この子は、18年前地方の赤ちゃんポストに入ってたところを救われて、小野田ホールディングスの創業家一族の菩提寺である群馬の松隠寺の和尚のところへ里子に出された。高校卒業して、小野田に就職するまで、ずっとその寺で育った。北斗の名前はそこの和尚が名付けた。確かに、もしかしたら、別の名前があったかもしれない、だけど、親もいない、名乗り出ない、ポストに捨てられたとなれば、今の北斗の名前が本当の名前なんだ」
「ふーん、了解」
「ふーんかよ、ずいぶんひどいい方だよな、佐夜鹿」
ふーと溜息に似た息を吐き出すと佐夜鹿は二人に向かって話しだした。
「この国に生きる人々の生活の安全を守るのが、私たち、国家権力の犬さんたちのお仕事です。どこぞに悪の芽が生えてきたら、刈り取ることもしなければならないんですわ。殺人予告を受けた、どこぞの社長さんを守ることもそう。だが、その社長さんがSNSで過激と呼ばれる政党をあおったり、過激な団体を煽り散らしたりして、殺人犯予備軍を増やす犬笛を吹きまくっている。正直言って迷惑ですよ」
「それが……何の…」
「そんな社長さんを守る兵隊さんのような社員がいると聞きました。いや、ボディガードは合法で雇ってはいけないということはありませんが、一部、火力の高い武器を持った軍に近い装備を持った兵隊たちがいるという話です。日本はそんなアニメの公安9課みたいなまねごとは許しません。銃刀法……法律でちゃんと規制されています。滝川さん、酒井北斗君、君たちはそんな過激なことはしていないですよね」
ネクタイをただし、佐夜鹿は二人に頭を下げた。
「今回、あんたらに厳しいことを言って悪かった。ただ、今、日本はものすごく治安が悪化してきていて、犯罪も悪質なものになってきている。大きな事件が起きる前につぶしておきたいという、私たちの気持ちが暴走してしまった結果だと思ってくれ」
「でも許さねえよ」
北斗はにらんだ。
「あんたのこと、覚えておくからなっ!佐夜鹿」
大声で叫んだ北斗をほほを平手で滝川は叩いた。

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