【小説】ぼくのなつやすみ 1
この小説は「遠い銃声」シリーズの「残響 ~Echoes of Babies~」の後の時間軸の小説になります。
時間軸にかんしては、マガジンなどをご参照ください。
01 小野田ホールディングス 射撃部 射撃場

射撃場でオリンピックに選出された社員の壮行会が行われた後、射撃部の部員たちはマイクロバスに乗り全員本社の方へ戻っていった。
射撃場には総帥と、特務課の四人だけが残っていた。
「さあ、こちらの方のお披露目も頼むよ」
総帥はメガネのフレームを押し上げながら言った。
マックスがライフルの入ったケースを持ち込み、鍵を開ける。
「あれ?この前、歓迎会で見たレミントンじゃない」
北斗は叫んだ。
「ああ、あれは中古を買ったんだが、どうも状態がよろしくなくてな、結局新品のブローニングに変えた、お前が使うかもしれないを考えてだな」
新品のブローニングは木目の銃床とブルーイングされた銃身の絶妙なフォルムが美しいライフルだった。
手動で弾を補充するボルトアクション型、マックスは弾をこめて手をあげた。
「まずは俺から」
立射で一発撃った。乾いた音が響いた。
「ああ……」
的に当たり、排莢した後、また弾を補充する。それがボルトハンドルの上げ下げで行われる。
マックスは今度は片膝をたてた状態で膝射をする。
北斗は心臓音が高鳴った。
「すごい…」
再びボルトハンドルで排莢する。
「次は青竜」
椅子に座って顔を下げていた青竜が立ち上がった。
額に貼ってあった冷えピタシートをはがすと、マックスのところまできた。
「使い方はわかるか?」
「少し教えてください」
マックスは青竜にボルトハンドルを指さして使い方を説明した。
「ありがとう」
青竜は軽く礼をいい、立ったまま構えた。
けだるげに顔半分を覆いかぶさりかかっていた横髪を耳にかけ、目を閉じ、少し顎を上げ、顔全体を上に上げた。
上げた状態で目を開け、ゆっくりと顎を引き顔を戻すとスコープを覗き込んだ。そして撃った。
北斗は怪訝そうな顔をした。
(目を開けた瞬間、青い光が見えたような……)
弾は的の中心部近くに当たった。
「さすがだ青竜」
「………」
青竜は幾度かまばたきすると、マックスと同じように片膝をたて、また瞳を閉じ、すぐに開きスコープを見た。
(あ…また瞳に青い光…)
弾は正確に的に当たった。ボルトハンドルを後ろに引き排莢をし、前に倒し弾を装填した。
「あいつ、素人じゃないな。これが初めてのライフルじゃないだろ、記憶なくす前どこかの国で少年兵やってただろ…」
マックスのひとりごとが耳に入ってきた。
「北斗…お前の番だ」
北斗の両手にライフルを託す青竜の瞳はいつもの茶色の虹彩の瞳だった。
「師匠、初めてです、お…教えてください」
「いいよ」
マックスは北斗が見えやすいようにライフルを横に持つ。
「まず立射、立って撃つ、俺と青竜見てるからわかるな?」
「は……はい…」
「弾はボルトハンドルを動かすことによって補充、排莢ができるから」
立ち姿を何度も矯正され、構えも矯正された。
ゆっくりと北斗から離れるとマックスは言った。
「トリガー引け」
乾いた音が響いた。
弾は中心からは遠かったが、的には当たっていた。
「お、初回から優秀じゃないか」
「ふむ」
総帥は満足そうな顔で北斗を見た。
「ハンドル動かして、排莢、弾補充して薬室閉鎖して、そう。じゃあ、次は片膝立てをやってみようか」
マックスがまた北斗の元に来て、体の向きをただす。
北斗は片膝をたてた態勢で銃をかまえた。
「よし、ではトリガーを引け」
乾いた音が射撃場をかけめぐった。弾はまた的に当たる。今度は中心近くに当てることができた。
「すごい…」
終えるとマックスは銃をチェックし、また鍵のついた箱に入れた。
「もしかしたら使うこともあるかもしれない。また時々ここを使わせてもらって練習しよう」
弾を撃った後、特務課も解散となった。北斗とマックスは同じ社有車で本社へ。
青竜は総帥に付き合わなければならないらしく、社長の車に乗せられて戻るようだ。滝川は八王子で警察関係の友人に会うということで、自分の車に乗って射撃場を後にした。
「どうだったか?」
助手席でマックスは北斗に話しかけた。運転をしながら北斗は答えた。
「ハンドガンより威力を感じました」
「だろうな」
「総帥はスナイパー役を俺にさせたいみたいだけど、ボスの方が向いてませんか?ボスをスナイパーにした方がいいじゃないですか?」
「いや、それはないな」
マックスはあっさりと否定した。
「あいつのポジションはいつも総帥の盾になり、飛び込んできた輩を振り払う役だ。それは変わることはない、それはあれが望んだことだ」
「…総帥や、白夜様は自分が守るっていう固い意志なんですかねえ、そういう忠誠心って尊敬します」
「その、尊敬しますって言葉、棒読みセリフだな」
マックスは笑った。
「単に海外に行った時、通訳兼ボディガードになる自分が一番近くにいて、総帥の盾になれるからだろう。あいつはそうやってマルチで活躍できることを誇りに思っているし、何よりも総帥が頼っていることも誇りに思っている」
北斗がいまいちしっくりしない顔をしているのを見て、ああ、とマックスはつぶやいた。
「まあ、考えてごらんよ、何もない記憶喪失のホームレスだった自分を拾ってくれて、屋根のある家と美味しい飯与えてくれて、しかも取得が難しいと言われている新しい戸籍まで自前の弁護士用意して家庭裁判所に申し出て取得させてくれたんだ、そりゃ、その恩を忘れたらいかんだろうが。だから頑張れるんだ、青は」
「うん………」
暑いので、近くのコンビニに寄り、車の中でライフルと留守番をしているマックスと自分用にアイスコーヒーを買い、出てきたところで、自分のプライベート用のiPhoneが鳴った。
「もしもし?」
車のドアを開け、マックスにアイスコーヒーを渡し、自分のコーヒーをドリンクホルダーに入れた。
「え…和尚が襲われた?」
マックスは北斗の顔を見た。
「イノシシにアタックされた………」
北斗の里親であり、群馬の山寺の僧侶がイノシシに襲われて怪我をしたとの事だった。
「マックス…」
「もう、この時間だったら、車、配車係に返したら帰っていいだろ、明日有
給とって、そのまま夏休みに入ってしまえ」
「そういえば、あさってから会社は夏休みでしたね」
「取り急ぎの仕事がなかったら、ボスに連絡して、そのまま帰郷すればいいじゃないか」
「そうします」
北斗は運転席に腰かけた。
群馬の山寺は、群馬県でも山奥にあり、公共交通機関でのアクセスが難しい。
まだ自分の車を所有していない北斗に対して、マックスは自分の車を使うように言った。
「でも…」
「俺も行く。久しぶりに和尚に会いたい、着くのは夕方だ。そのまま日帰りせずに、本堂に泊めてもらえばいい、俺、寝袋持ってくわ」
二人帰宅しお互い用意をして、マックスの車に乗り、群馬の山寺を目指した。
小野田ホールディングスの創業者一族の菩提寺、松隠寺。群馬の山奥にありながらも、広い境内に荘厳な本堂を持つ、檀家の喜捨の半分以上は小野田家と神谷家からのものだった。
夕方になって二人が到着すると、待ちかねていたように、和尚の妻、蒔絵が迎えた。
「ああ、あの人も大げさに言って……、生死にかかわるような怪我じゃないんですよ」
マックスも北斗も久しぶりの再会に喜び本堂の横に作られた和尚の生活の場である離れに向かった。
「なんだー、北斗、マックスも。そんなに大げさなものではないのに…」
迎えたのは北斗の里親でもある和尚。50代の頭をきれいにそりあげて黒いセルフレームの眼鏡をかけた痩身の男は、ギプスががっちりはまった右足をソファから投げ出しうはうはと笑った。
「ただいま帰りました、和尚、あああ、こんな足になってしまってえ」
北斗が叫んだ。
「裏の畑のナスを取りに行ったらさ、でかいイノシシがいたのさ、畑のもん食ってたから怒って叩いたら向かってきやがって」
「和尚…無謀……マックスだって銃をかまえる相手なんだぞ」
「そうだ…俺だって素手では無理だぞ、和尚…」
白いギプスにはイラストの得意な蒔絵が描いたのか、人気アニメのイノシシの頭の少年の絵が書いてあり、「イノシシにやられました」とあった。
「骨は折れてない、ひびが入った。まいったな、これから盆で稼ぎ時なのに…」
蒔絵は北斗とマックスに麦茶をふるまった。
「檀家まわりは無理そう。明日の施餓鬼は本堂で座ることができれば、大丈夫だと思いますよ、和尚の話を聞きたがっている檀家さんは多いですから、ああ、そうそう、明日の説法のネタは見つかりましたの?」
「決まってる…蓮の話でいく…」
「蓮は泥の中からまっすぐに茎を伸ばし、そして美しい花を咲かせる。その花は泥から出てきたものにもかかわらず汚れていない……」
あ、と北斗は気がついた。
「ボスの名前の由来になったエピソードだよね、マックス」
「あ、そうだな、確か緋月が言ってた」
蒔絵はえー、と言って顔をゆがめた。
「なんだか、もうそのネタ聞き飽きた~、これとカンダタの蜘蛛の糸以外の話にしてよ」
そうか…と小さく和尚は言うと傍らに置いてあったiPadで検索を始めた。
「盂蘭盆とが餓鬼道の話でもするか」
「それでは導入部分で終わってしまうでしょうが、それに、うちは曹洞宗なのに他宗派の説法サイト覗くかな…」
和尚は着ている着物の袖口に手をつっこみ唸るといった。
「まあ、このイノシシで怪我ネタ使って畜生道の話でもするかね」
「自虐ネタは受けるかもしれませんね」
蒔絵は微笑んだ。
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