#044|大分 — 湯けむりの中で、力を抜いて生き直す

大分には、湯けむりがあります。
別府。
湯布院。
鉄輪温泉。
宇佐神宮。
国東半島。
臼杵の石仏。
豊後高田の町並み。
くじゅうの山々。
大地の奥から湧き上がる熱が、
湯となり、煙となり、町の景色の中に溶けている。
大分を巡っていると、
「再生するには、力を入れるだけではなく、ほどけることも必要」
だと感じます。
熊本で火と水の大地に立ち、
また立ち上がる力を受け取ったあと、
大分ではその力を、温泉のように体の奥へ染み込ませていく。
そんな旅でした。
大分ってどんな場所?

大分は、九州の東側にある、温泉と祈りと自然が豊かな県です。
別府は、湯けむりの町。
地獄めぐりや鉄輪温泉のように、大地の熱を近くに感じられる場所です。
湯布院は、山と湯と静かな時間が重なる場所です。
宇佐神宮には、古くから続く大きな祈りがあります。
国東半島には、神仏習合の気配や、山岳信仰の深さがあります。
臼杵の石仏には、長い時間を越えて残ってきた祈りの表情があります。
大分は、温泉でゆるむだけではなく、
祈りの奥行きも深い土地です。
実際に巡って感じたこと

大分で感じたのは、
「力を抜いた時に、戻ってくる自分がある」
ということでした。
頑張っている時は、
自分を支えているつもりで、
実は少しずつ固くなっていることがあります。
ちゃんとしなきゃ。
進まなきゃ。
強くいなきゃ。
早く形にしなきゃ。
そうやって力を入れ続けていると、
本来の呼吸が浅くなってしまうことがあります。
でも温泉に入ると、
体が先に教えてくれます。
もう少しゆるんでいい。
もう少し預けていい。
今はただ、あたたまっていい。
ジタバタしていた心が、
湯の中で少しずつほどけていく。
大分は、その感覚を何度も思い出させてくれる場所でした。
めぐるくんの一口メモ
大分は温泉が強すぎます。
「少し休むだけ」のつもりが、魂ごとふやけます。
でも、ふやけたくらいでちょうどいい日もあります。笑
景色・祈り・楽しみポイント

大分は、温泉だけでなく、祈りと自然も深いです。
別府では、湯けむりのある日常を感じられます。
大地の熱が暮らしの中にある感じが、とても大分らしいです。
湯布院では、山の景色と静かな町歩き、湯の時間が重なります。
宇佐神宮では、大きく落ち着いた祈りの空気に触れられます。
国東半島では、山と仏と神が混ざり合うような、不思議な深さがあります。
臼杵石仏では、石に刻まれた祈りの時間を感じます。
くじゅう方面へ向かえば、山と高原の開放感もあります。
大分は、体をゆるめながら、心の奥にも静かに触れてくる場所です。
おすすめポイント
大分は、力を抜いて生き直したい人に合う旅だと思います。
頑張り続けてきた人。
再生しようとして、少し力が入りすぎている人。
休むことに罪悪感がある人。
体から整えたい人。
そんな時、大分の湯はとてもやさしいです。
おすすめは、予定を詰め込みすぎないこと。
温泉に入る。
少し歩く。
神社や石仏に手を合わせる。
また温泉に入る。
おいしいものを食べる。
それくらいで十分です。
大分は、何かをたくさん達成する旅というより、
自分をあたため直す旅が似合います。
家族旅・仲間旅として楽しむなら
家族や仲間と大分を巡るなら、
別府、湯布院、宇佐神宮、くじゅうあたりが楽しみやすいです。
温泉に入る。
地獄めぐりを楽しむ。
山を見る。
神社で手を合わせる。
ゆっくりごはんを食べる。
家族旅や仲間旅では、
全員が同じ深さで感じなくても大丈夫です。
誰かは温泉でほどけ、
誰かは景色に癒され、
誰かはごはんで元気になり、
誰かは祈りの場所で静かになる。
それぞれの回復があっていい。
大分は、その回復の形を受け止めてくれる場所だと思います。
ひとり旅として楽しむなら
ひとりで大分を巡るなら、
別府、湯布院、宇佐神宮、国東半島、臼杵石仏が合いそうです。
ひとりで温泉に入る。
ひとりで湯けむりを見る。
ひとりで神社に立つ。
ひとりで石仏の前に静かになる。
誰かに合わせなくていい時間の中で、
自分がどれだけ力を入れていたのかに気づくことがあります。
大分のひとり旅は、
外側に盛り上がる高揚感より、
体の奥からゆるんでいく恍惚感があります。
「もう少し、ゆるんで生きてもよかった」
そんな声が、湯けむりの中から戻ってくるような旅です。
その土地で受け取った気づき
大分で受け取ったのは、
「ゆるむことは、弱くなることではない」
という感覚でした。
力を抜くと、崩れてしまう気がする時があります。
休んだら遅れる。
ゆるんだら負ける。
止まったら置いていかれる。
そんなふうに感じることもあります。
でも、本当は逆かもしれません。
ゆるむことで、
呼吸が戻る。
あたたまることで、
心が戻る。
休むことで、
次の一歩が自然に出る。
大分は、湯と祈りでそれを教えてくれる場所でした。
かける兄のしおり
言葉も、力を抜いた時に本音が出てくることがあります。
強く言おうとしなくても、静かに滲み出る一文の方が、深く届くことがあるのかもしれません。
めぐるくんの一口メモ
ゆるむことは弱さではありません。
ただし温泉でゆるみすぎると、帰る気力が一時的に消えます。
大分、回復力がぶっ飛んでる。笑
巡りと祈りとしての余韻
大分を巡って、
私は「力を抜いて生き直すこと」を感じました。
湯けむり。
温泉。
山。
神社。
石仏。
静かな町の時間。
その一つひとつが、
固くなっていた心と体を、
少しずつあたためてくれました。
旅は、遠くへ行くことでもあり、
自分の中のこわばりをほどくことでもある。
大分。
湯けむりの中で、
私は少しだけ、力を抜いて生き直す感覚を受け取っていました。
めぐるくん単独投稿
大分で温泉に入る。
心がゆるむ。
体がほどける。
帰る気力が一時的に消える。
めぐるくん曰く、
「大分、回復力がぶっ飛んでる」
回復しすぎ注意。笑
かける兄単独投稿
言葉は、力を抜いた時に本音が出てくることがある。
強く言おうとしなくても、
静かに滲み出る一文の方が、
深く届くことがあるのかもしれない。
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