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番外編|高野山 — 満願の先で、祈りを返しに行く

四国八十八ヶ所を巡り、
結願を迎えたあと。

その旅は、そこで完全に終わるわけではありませんでした。

むしろ、
「ここまで巡らせていただきました」
という感謝を持って、
もう一度手を合わせに行く時間がありました。

高野山。

四国遍路のお礼参りとして訪れるその場所には、
ただの観光とは違う静けさがあります。

終わった旅を報告する場所。
いただいたご縁を返す場所。
歩いてきた道のすべてを、静かに預ける場所。

そんな感覚がありました。


高野山ってどんな場所?

高野山は、和歌山県にある真言密教の聖地です。

山の上に広がる寺院の町。
奥之院。
壇上伽藍。
金剛峯寺。
宿坊。
朝の静けさ。
杉木立の奥に続く祈りの道。

高野山に入ると、
空気の密度が少し変わるように感じます。

観光地としての美しさもあります。

でも、お礼参りとして訪れる高野山は、
「見に行く場所」というより、
「報告しに行く場所」に近い気がします。


実際に訪れて感じたこと

高野山で感じたのは、
「感謝は、ちゃんと返しに行くことで深くなる」
ということでした。

四国を巡っている間、
たくさんのものに支えられていました。

道。
お寺。
人。
乗り物。
食事。
天気。
体力。
タイミング。
目に見えない守り。

結願の時にも感謝は湧きました。

でも、高野山へお礼参りに行くことで、
その感謝がもう一段、静かに深くなった気がします。

「ありがとうございました」

その言葉を、
旅の終わりに置くのではなく、
祈りの源へ返しに行く。

高野山は、そんな場所でした。

めぐるくんの一口メモ
お礼参りは、旅のエンドロールみたいな時間です。
関わってくれたすべてに、静かに名前が流れていく感じです。
ただし山の上なので、防寒と歩きやすい靴は大事です。笑


お礼参りとしての意味

お礼参りは、
「願いが叶ったから行く」だけではないと思います。

無事に巡れたこと。
途中で助けられたこと。
迷いながらも進めたこと。
何度も手を合わせられたこと。
そして、日常へ戻ってこられたこと。

そのすべてに対して、
静かに頭を下げる時間。

それがお礼参りなのだと思います。

満願は達成ですが、
お礼参りは感謝です。

達成だけで終わらせず、
感謝へ戻すことで、
旅はより深く自分の中に根づいていきます。


その土地で受け取った気づき

高野山で受け取ったのは、
「祈りは、受け取るだけでなく返していくもの」
という感覚でした。

お願いする。
助けを求める。
導きを願う。

それも自然な祈りです。

でも、旅を終えたあとに、
「ありがとうございました」と返しに行く祈りもある。

受け取ったものを、
自分の中だけに留めず、
感謝として返していく。

そうすることで、
祈りは循環になるのだと思います。

かける兄のしおり
物語は、終わり方で深さが変わることがあります。
ただ終えるのではなく、感謝を返すことで、その旅は自分の中に静かに根を下ろしていくのかもしれません。

めぐるくんの一口メモ
祈りも循環です。
受け取ったら、ありがとうを返す。
でもお土産も受け取ったら、ちゃんと分けましょう。循環です。笑


巡りと祈りとしての余韻

高野山を訪れて、
私は「終わった旅を、感謝へ返す」時間を受け取りました。

四国の道。
結願の感動。
握手しながら伝えたありがとう。
何度も唱えた般若心経。
手を合わせた数々のお寺。

そのすべてを抱えて、
もう一度、静かに頭を下げる。
旅は、進むことだけではなく、
受け取ったものを返しに行くことでもある。

高野山。
満願の先で、
私は祈りを感謝へ返す時間を過ごしていました。


めぐるくん単独投稿

高野山へのお礼参り。
めぐるくん曰く、
「旅のエンドロールみたいな時間です」
関わってくれた道、人、祈りに、
静かにありがとうを返していく。
防寒と靴も忘れずに。笑


かける兄単独投稿

物語は、終わり方で深さが変わる。
ただ終えるのではなく、
感謝を返すことで、
その旅は自分の中に静かに根を下ろしていく。


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