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波の音② #シロクマ文芸部

「波の音?」

病室の前で僕は立ち止まった。
ザザァーザザァーと確かに音がする。

ここはこども病院。全室個室で親が付き添うためソファベッドもある。

病室のドアを開けると、ピンクの眼鏡でまん丸お目目の妹がペットボトルを持っていた。僕が空のペットボトルにビーズを入れて作ってあげたおもちゃだ。

「そんなのまだ持ってたの?」
「うん!ピンクのビーズとお兄ちゃんの絵がかわいいでしょ!入院する時は必ず持ってくるの!」

6年前、生まれつき心臓の病気で心室が1つしかない妹は3歳にして3度目の手術で入院することになった。当時、小学4年生だった僕は妹に何かしたくて、早く帰って来れますようにってロケットの絵を入れて作ったおもちゃだ。
その手術の日は、薬でぼーっとした状態の妹を移動用ベッドに寝かせ、両親と僕は手術室まで見送った。

「お兄ちゃん!何ぼーっとしてんの?」

「あっごめん、もう検査?行ってらっしゃい。ここで待ってるよ。」

朝から絶食の妹はよく通る声でお腹すいたぁーと言いながら歩いて検査室へ向かった。

妹はあの時の僕と同じ小学4年生になった。今回は手術ではなく、心臓カテーテル検査。手術したところがちゃんと機能しているか検査をする。 3泊4日の入院だ。手術で1、2ヶ月会えなかったのに比べたら4日なんて大したことないが、夏休みだし、検査とはいえ顔を見ておきたかった。

ただの検査、なのに、入院の1ヶ月前から僕はなんだかそわそわして落ち着かなかった。きっと妹も両親もそう、そして全員が平静を装った。妹の為に、家族の為に。

妹は生後6ヶ月の時、初めて心臓カテーテル検査を受けた。2泊3日で帰って来れるはずだった。でも、帰ってきたのは母だけだった。
妹は検査後、不整脈を起こしそのままICUに運ばれた。そしてその日の深夜、病院から電話がかかってきた。僕は叩き起こされ、慌てる両親と共に車で病院へと向かった。
妹の心臓は止まっていた。
主治医の先生の説明を聞きながら、母は見たこともない顔で泣いていた。
僕はよくわからなかった。
途中で看護師さんが先生を呼びに来た。僕たちは小さな部屋でただ下を向いて待っていた。
しばらくしてドアが開いた。さっきの先生が父に何かを伝え、僕たちは看護師さんについていった。電子音が鳴る部屋でたくさんの管に繋がれた白い顔の妹がいた。心臓が動き出したのだ。父も母も近くで声をかけていたけれど、いつもの妹じゃなくて、怖くて、僕は近づけなかった。その後のことは全く覚えていない。

この日のことを、僕はたまに思い出す。渦に飲み込まれるように思考が引きずられて、この日を繰り返す。そして、ICUのベッドには赤ちゃんではなく今の妹の姿、そこではっと我に帰る。何度も繰り返す。両親はどう受け止め乗り越えたのだろう。誰も口には出さないが、同じような思いで苦しんでいるのだろうか。

院内のコンビニへ行っていた母が戻ってきた。レジ袋には妹が好きなたこ焼きと飲み物が3本。僕はジンジャエールを受け取り、ソファに座った。窓の外を見ると遠くに海が見えた。

外は暑いだろうなぁ
問題ありませんように
昼は何食べようかな
予定通り帰れますように
宿題やんなきゃなぁ
あの笑顔がずっと続きますように

僕は君に申し訳ない気持ちがあった。
遠慮があった。僕だけが自由になんの制限もなく生きるのは不公平な気がしていた。
でも、そう思うのはもうやめた。
僕は君の明るい未来を信じ、君の笑顔を願うことにした。

ドアが開く。主治医の先生と一緒に妹がベッドで運ばれ戻ってきた。
「特に問題ありません。後ほど詳しく検査結果をご説明します。」
「ありがとうございました。」
僕と母は深々と頭を下げた。
妹はもう目を覚ましていた。
「あぁーお腹すいたぁ」
いつもの妹だ。


君は予定通り退院する。
元気に学校に通い中学生になり、高校生になる。運動制限はあるけれど、教室での何気ないやりとりを楽しみ、部活に打ち込み、友人とお祭りではしゃぐようなキラキラと輝く青春を送る。僕は一緒には通えないけれどそんな日が必ず訪れる。僕は今高校生だから、その先の君はまだ想像できないけれど、君には明るい未来が待っている。絶対にだ。

ベッドで安静中の妹の隣で、
僕は絵を描く。
君の明るい未来を想像しながら。
君が振り向く。
「何描いてんの?」




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       お祭りのお話


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