「今日も、夜勤が一人足りない。」――介護現場を"ドラマ"にしてみた。
📺 akkey WEEKLY PROGRAM
――21:00 放送開始。
日曜日の夜。
明日から、また仕事が始まる。
そんな時間に、ひとつのドラマを始めます。
🎬 日曜劇場
『下町カイゴ』
第1話「夜勤が一人、足りない。」
※本家の日曜劇場ではありません。note上に勝手に開局した、架空放送局「akkey WEEKLY PROGRAM」です。🤣
せっかくなので、本家と同じ日曜日の夜に放送開始してみます。
はじめに
これは、介護の「正しい答え」を教える物語ではありません。
登場するのは、特別な人間ではない。どこにでもいる介護職員。どこにでもいる管理者。どこにでもいる利用者。そして、どこにでもいる経営者。
それぞれが、それぞれの事情を抱えながら働いている。笑ったり、怒ったり、迷ったり。時には、誰かに助けられながら。
そんな小さな世界を、僕は「下町カイゴ」と呼ぶことにしました。
それでは――第1話、始まります。
下町カイゴ ――第1話「夜勤が一人、足りない。」
午後6時47分。
「……一人、足りないな」
事務所のパソコン画面を見ながら、施設長の佐藤は呟いた。
明日の夜勤。本来なら二人いるはずだった。しかし勤務表に表示されている名前は、一人だけだった。
「田中さん、体調不良です」
主任の山口が言った。
「そうか……」
佐藤は椅子の背もたれに身体を預けた。
「代わり、誰かいない?」
「探してます」
「派遣は?」
「昨日から連絡してます。でも、まだ見つかりません」
短い会話だった。けれどその「そうか」の中には、施設長にしか分からないものが詰まっていた。
夜勤を一人にするわけにはいかない。しかし無理に誰かを入れれば、その職員の負担が増える。求人を出しても、すぐには人は来ない。派遣会社に電話をしても、都合よく明日の夜勤だけ空いている人間など、そう簡単には見つからない。
佐藤は、もう一度勤務表を見た。
そのときだった。
「私、入りますよ」
後ろから声がした。振り返ると、入社6年目の介護職員、鈴木が立っていた。
「いや。鈴木さん、今週もう夜勤入ってるだろ」
「もう一回くらい、大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ」
「でも……誰もいないんですよね?」
佐藤は答えなかった。そう、誰もいない。だから困っている。鈴木も、そのことを分かっていた。佐藤も分かっていた。だからこそ、断りにくかった。
「人がいない」という言葉
介護施設では、「人がいない」という言葉がよく使われる。
職員が足りない。夜勤が埋まらない。急な休みが出る。求人を出しても応募がない。新人が入っても続かない。ベテランが辞める。そして、残った人間が穴を埋める。穴を埋めた人間が疲れる。疲れた人間が休む。すると、また人が足りなくなる。
最初は、たった一人の欠勤だった。それが、いつの間にか施設全体の問題になっていく。介護施設では、こうしたことが珍しくない。そして、その「一人」を埋めるのは、いつも誰かの善意だった。
「施設長」
鈴木が言った。
「夜勤、私が入ります」
「……本当にいいのか?」
「はい」
佐藤は少しだけ目を伏せた。
「じゃあ……頼む」
その瞬間だった。事務所の奥から、別の声が飛んできた。
「また鈴木さんですか?」
ベテラン職員の山田だった。
「今月、何回目です?」
鈴木は黙った。佐藤も黙った。
山田は続けた。
「施設長。鈴木さん、今月もう十分入ってますよ」
「……分かってる」
「分かってるなら、止めてください」
「じゃあ、誰が入る?」
山田も黙った。誰も答えられなかった。
誰も悪くない。田中は体調を崩した。鈴木は施設を守ろうとしている。佐藤は勤務表を埋めなければならない。山田は、鈴木の身体を心配している。
それでも、誰かが夜勤に入らなければならない。介護施設という場所では、ときどきそんな矛盾が起きる。
午後7時30分。フロアには、新人たちの緊張した足音が響いていた。この日、三人の新人が、それぞれの「介護の現実」と向き合っていた。
夏目葵――「こんな介護がしたかったわけじゃない」
葵は、介護の仕事を始めたばかりだった。利用者の名前を覚えて、一人ひとりの話を聞いて、その人らしい生活を支える。そんな介護を思い描いていた。
しかし、現実は違った。
「夏目さん、お茶!」
「はい!」
「次、オムツ交換!」
「分かりました!」
「終わったら記録入れて!」
気がつけば、時計ばかりを見ていた。お茶を配る。排泄介助をする。記録を書く。ナースコールが鳴る。また走る。また記録。またナースコール。
「夏目さん、今は話さなくていいから。先に動いて!」
先輩の鈴木の声が飛んだ。
「……はい」
葵は小さく返事をした。分かっている。忙しいのだ。先輩が悪いわけではない。でも――。
休憩室で、カップラーメンにお湯を注いだ。湯気が立ち上る。その向こうで、葵の目から涙が一粒落ちた。
「私……こんな冷たいケアがしたかったわけじゃないのに」
誰に言うでもなく、呟いた。
桐島陸――「仕事だと思えば、簡単だった」
桐島は、少し違っていた。介護に、特別な思い入れがあったわけではない。仕事だから来た。給料をもらうために働く。最初は、それで十分だと思っていた。
その夜、ポータブルトイレの処理に手間取っていた。思うように身体を動かせない利用者。独特の臭い。何度やっても慣れない作業。
(なんで俺が、他人の下の世話なんて……)
一瞬、逃げ出したくなった。
そのときだった。担当している認知症の男性が、ぽつりと言った。
「若いのに……すまねえな」
桐島の手が止まった。
「……」
返す言葉が出てこない。さっきまで、ただの「作業」だった。しかし、その一言で違って見えた。
目の前にいるのは、排泄介助を必要とする「利用者」ではない。自分と同じように、恥ずかしさを感じ、誰かに迷惑をかけたくないと思っている、一人の人間だった。
それが、妙に居心地が悪かった。
三上美羽――「母親であることと、働くこと」
別のフロアでは、三上美羽が走っていた。利用者の食事介助。水分確認。排泄介助。記録。そして、ナースコール。
その合間に、スマートフォンを確認する。保育園から帰った我が子の写真。笑っている。ほんの数秒、その写真を見つめた。
「……ごめんね」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。子どもを預けて働くことへの罪悪感。目の前にいる高齢者を見ると、自分の母親を思い出す。母親としての自分。介護職員としての自分。その二つの間で、美羽は今日も走っている。
そのとき――。ピンポーン。ナースコール。
「はい、今行きます!」
スマートフォンをポケットにしまう。疲れた顔を隠すように、笑顔を作った。そして、また走った。
誰も悪くない。でも、誰もが少しずつ、すり減っていた。
午前2時18分。夜は、まだ終わらない。フロアの照明は落とされ、昼間とは違う静けさに包まれていた。
そのとき。ピンポーン。ナースコールが鳴った。
「どうしました?」
鈴木が駆けつける。ベッドの上から、利用者が言った。
「眠れなくてね……」
「そうですか」
鈴木は笑った。
「少し、お話しします?」
「いいの?」
「もちろん」
鈴木はベッド脇の椅子に腰を下ろした。利用者が昔の話を始める。若い頃の仕事。妻との出会い。子どもたちのこと。鈴木は、黙って聞いていた。
ふと時計を見る。午前2時18分。朝まで、まだ長い。鈴木は少しだけ目を閉じた。
その背中を、遠くから新人たちが見ていた。
葵は思った。――この人も、疲れているんだ。
桐島は思った。――なんで、そこまでやるんだろう。
美羽は思った。――明日、この人はちゃんと休めるのだろうか。
三人とも、まだ答えを知らなかった。
翌朝、午前8時。夜勤が終わった。鈴木はロッカーで着替え、施設を出ようとした。
その背中に、佐藤が声をかけた。
「昨日、ありがとう」
「いえ」
「……でも」
佐藤は少し言葉を止めた。
「もう、無理して入らなくていいから」
鈴木は笑った。そして、振り返った。
「じゃあ、誰が入るんですか?」
佐藤も笑った。
「……そうだな」
二人の笑いは、長く続かなかった。来週もまた、夜勤が足りなくなるかもしれない。二人とも、それを分かっていた。
「たった一人」の問題ではなかった
介護施設の経営は、ときどき数字で語られる。職員数。離職率。人件費。稼働率。介護報酬。利益率。
どれも大切な数字だ。経営者にとっては、数字を見なければ施設を維持できない。管理者にとっては、勤務表を埋めなければ現場が回らない。介護職員にとっては、その勤務表の一枠が、自分の身体と生活に直結する。そして、その先には利用者がいる。
「今日も誰かが夜勤に入っている」
「もう限界だけど、休めない」
「職員を守りたい」
「施設を潰したくない」
「この仕事を続けたい」
「ここで暮らしたい」
立場が違えば、見えている景色も違う。それでも、同じ建物の中で、同じ時間を過ごしている。
だから介護施設は、単なる「事業所」ではない。そこには、人間がいる。人間が働き、人間が暮らし、人間同士がぶつかり、時には助け合う。まるで、一つの小さな町のように。
だから、僕はこの物語を――「下町カイゴ」と呼びたい。
そして、物語は始まった
この町には、正義の味方はいない。絶対的な悪役もいない。ただ、それぞれの立場で、一生懸命にやっている人たちがいる。
だからこそ、簡単には解決しない。誰かを悪者にすれば終わる話ではないからだ。
「人が足りない」
その一言の向こう側には、経営者の判断があり、管理者の葛藤があり、介護職員の生活があり、新人の理想があり、そして、そこで暮らす利用者の人生がある。
夜勤が一人足りなかった。ただ、それだけの出来事だった。
――少なくとも、この日の朝までは。
📺 次回予告
月曜日の朝。佐藤の机の上に、一通の封筒が置かれていた。見慣れた筆跡だった。
佐藤は封筒を開ける。一枚の紙を取り出す。
そこに書かれていた名前を見た瞬間――佐藤の手が止まった。
「……山田さん?」
その名前が、施設の「当たり前」を静かに崩し始める。
――下町カイゴ。第2話へ続く。
🎙️ akkeyから
今回は、いつもの「論考」とは少し違ったものを書いてみました。
介護について考えるとき、私たちはつい「人手不足」「離職率」「介護報酬」「人件費」「生産性」といった言葉で話をします。もちろん、それらは重要です。
でも、その数字の向こう側には、必ず人間がいます。夜勤に入る人。夜勤を組む人。夜勤を待つ利用者。そして、その施設を維持しようとする人。
数字だけでは見えないものを、今回は「物語」にしてみました。
そして今日から、akkey WEEKLY PROGRAMという、note上の小さな「架空放送局」を始めます。
果たして、何話まで続くのか。途中で打ち切りになるのか。視聴率……ではなく、ビュー数はどうなるのか。🤣
それも含めて、実験です。もしよければ、テレビを見るような感覚で読んでみてください。
それでは――また次回。
📺 akkey WEEKLY PROGRAM
