ようがんばったね
地域の年長者から言われた 嬉しいことば だった
91歳のおばあちゃん
亡くなった義理母の友人。
介護も葬儀も初盆も
ずっとずっと あなたは
よくやり遂げたよと
お義母さんは 喜んでいるよ
と言ってもらえうれしかった
涙が少し出た でも がんばって泣かずに笑顔でいた
彼女も涙は浮かべながらも 泣くのはがまんしていた
お互いに
巡る季節の食べ物の話をした
これから秋に向かって行くと 栗が
いいよねと
栗は義母が好きだったなと
思い出す。
毎年 栗を持って来てくれていたのは 目の前のおばあちゃんだ
義理母とは 直接会わず 玄関先で私にこの栗を食べさせてあげて と
託して すぐに、立ち去っていった。
わらびの季節には わらびを
食べさせてと 立ち去る
義理母に 伝えると
ことば少なめに 嬉しいねと
言っていた
義理母と91才のおばあちゃんは
健康な頃 海外旅行に 2人づれで仲良く行っていた。
シンガポール ハワイ オーストラリア タイなど 人生を謳歌して
楽しんでいた
義理母が脳梗塞になり
失語症や車いす生活となってからは
直接あうことはなくなった
だけど
二人には
ことばや挨拶は必要ないようすだった
存在していることが分かれば
それでいいようすだった
元気なときの姿を目に焼き付けてる
ようだった。
義理母は
栗やわらびを味わい噛み締めて食べていた
お通夜のときに
しばらくぶりに 義理母をみたおばあちゃんは あの頃と何も変わらず きれいなままだと 涙して
語っていた。
二人にだけわかる 楽しかった自由な日々。
鮮明な記憶で教えてくれた
先に旅立つとは思いもしなかった
と 言っていた
自分が年上だから
自分が先だとばかり思っていたと
義理母との旅行は
私の人生で最高だったと。
初盆が無事にすみ
落ち着いたときに 盆灯籠の
お礼に おばあちゃんちへ 伺った
相変わらず元気なおばあちゃんは
私を優しく迎え入れてくれた
「ようがんばったね」
そのことばが
本当にうれしかった
身近な家族からは
介護 看取り 通夜 葬式 初盆
全てが当たり前の嫁の仕事と
思われていた私にとり
ありがたいことばの
プレゼントだった
「ようがんばったね」
どこかで
心が折れながらでも
目の前の かかえていることを
がんばってやっている人に
私も 声かけしたい
ただ ただ
いたわるだけの
気持ちを伝えたい
