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濡れなかった傘


長男が傘を忘れて学校へ行った。

天気予報は、午後から雨だった。
一度降った雨は止んだようにも見えたけど、
灰色の空を見上げながら、
心配になって、車で学校へ向かう。

向かう途中、
ワイパーが要るか、要らないか迷う程度の水滴がフロントガラスを濡らした。

窓の外を、傘をさした子どもたちが、
水たまりを避けながら歩いていく。

やっぱり傘は必要だと思った。
もちろん、傘を届けるために向かっている。

学校に着いたのは、
ちょうど下校時刻と重なる頃だった。

昇降口から出てきた長男は、
少し驚いた顔をしたあと、駆け寄ってきた。

「迎えに来てくれてありがとう!」

そう言って、傘を受け取ることなく
そのまま車に乗り込んできた。

帰りの車の中、フロントガラスの小さな水滴はいくつも流れて、ワイパーを動かした。  

ふと、思い出すあの頃。

あの子たちにも、
小学生の頃、こういう日はきっとあっただろう。

傘を忘れて、濡れて帰った日が。

あの頃の私は、ひとりで生きていくために
がむしゃらに働いていた。

本当に、自分のことで精一杯だった。

離れて暮らすあの子たちが濡れているかどうかを、
気にする余裕がなかった。 

今さら、ごめんねと思っても、仕方ない。 

同じ日、本当の長男が住んでいる地域に、線状降水帯が発生し、大雨が降った。


ニュースで地名を見つけて、
指が勝手にメッセージを打っていた。

「大丈夫?」

「こっちは大丈夫だよ!ママたちの家は大丈夫?」

大丈夫、と短く返す。

しばらくして、また画面が光った。 

「昔は雨が降るのが好きだったのに、最近の雨は怖いね」

学校帰り、友達と濡れながら帰る時間が楽しかったらしい。


さっきまでのごめんねの気持ちが、 消えたわけではないけれど、ありがとうって思った。
  

「次、傘を忘れたら、
濡れながら帰ってきてもいいよ」

言ってみると、長男はすぐに顔をしかめた。

「えー、迎えに来てほしい」

濡れなかった傘が、
玄関の内側の傘立てに綺麗に並んでいる。


濡れて帰る楽しみは、もう少し先に延ばそうと思った。

あとからごめんねって思わなくていいように、
今は、目の前にあるこの願いを、叶えてあげたい。




#みんなの知らないわたし

#雨の日

#エッセイ

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