大国主命⑪|呉公と蜂の室―散らばる痛みを鎮めて「奥」へ進む
亦、日夜の来たれば、
吳公と蜂との室に入りき。
且つ、吳公蜂の比礼を授け、
先の如く教へて、
故、平ぎて之を出でき。
亦、鳴鏑を大野に射し入れし中に、
其の矢を採らしめ。
故、其の野に入りし時、
即ち火を以ちて其の野を廻して焼きき。
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また次の日の夜になると、
大穴牟遅は今度はムカデと蜂のいる部屋に入れられました。
しかし須勢理毘売は、
ムカデと蜂を避けるための比礼を渡して、
前と同じように使い方を教えてくれました。
そのおかげで、大穴牟遅は無事にその部屋を出ることができました。
その後、須佐之男は鳴鏑(音の鳴る矢)を広い野原に射込み、
その矢を取ってくるよう命じました。
大穴牟遅が野に入ると、
須佐之男はすぐにその野をぐるりと火で囲んで焼き払いました。
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須佐之男の試練が、さらに深く激しくなっていく場面です。
蛇の次には、ムカデと蜂が来ます。
ムカデと蜂は蛇と違って、小さく数が多く、集団で襲い細かく刺します。
蛇が大きな一つの霊威なら、ムカデと蜂は分散して襲ってくる無数の痛みのように感じます。
蛇の試練は、地の深い力と一夜を共にできるかでしたが、ムカデと蜂の試練は、細かな恐れと痛みの群れに心を乱されないか、ということでしょう。
その場の痛みを鎮めて、自分の身を保つ術を学ばされているのでしょうね。
また、蛇・ムカデ・蜂は、近づくと危険という守護の印のようにも感じます。
山野にいて、巣や穴や岩陰に潜み、人が不用意に入ると刺す。その様子は結界の番人のようです。
地の聖なる領域に近づく者を試す生き物とも読めます。
大穴牟遅が須佐之男の領域の「奥」へ進むために、まずその境界を守る生き物たちの試しを受けているように見えます。
ここでも須勢理毘売は、試練をなくすのではなく、試練を越える方法を渡します。
そして、次は鳴鏑を取りに行かせる試練です。
これは、自分の意志を危険な場の中で見失わずに取り戻せるかを見ているように感じます。
鳴鏑(なりかぶら)は、飛ぶと音が鳴る矢です。
音が鳴るというのは、場に刻まれるということ。
誰かの意思で刻み放たれた力を、自分で辿り見つけ拾いなさいという事なのでしょう。
さらに、野に火を放ちます。
放たれた意志をただ辿ろうとしても、火という敵が現れ呑まれ焼かれるという描写です。
「意志を継ぐ」というのは、単純で容易な事ではないという比喩のようです。
