【自作タイムスリップ系小説】幕末カプチーノ① ずぶ濡れの青年篇
コポコポポと可愛げのある音を立てて生まれるクレマに、店主の男は笑みを浮かべる。閑静な小波町の住宅街に、少し変わった喫茶店があった。
提灯が飾られた居酒屋気取りの軒先。毎日かかりっぱなしの暖簾。店内には店主の趣味なのか、時代小説が幅を利かせていた。
少々気になる点はあれど、穏やかな小波町の住人達に愛されていた。
喫茶店は毎朝、六時になると目を覚ます。換気扇のぶーんという鈍い音と共にほのかに苦味のあるコーヒーの香りが、小波町のピンク色の空を香りづけてゆく。
しかし、今日は春の嵐。空は色を忘れて雲に覆われ、換気扇の音は雨音にかき消されている。
それでもやはり喫茶店からは、ほのかに苦いコーヒーの香りが漂っている。
喫茶店の店主であるこの男は、こうしてコーヒーの香りを独り占めできる、この時間がたまらなく好きなのだ。
厨房の方からはトントンと小刻みに包丁を揺らす音がした。
窓をピシピシと軋ませるほどひどい雷雨の外とは裏腹に、店内はいつも通りの穏やかな空気が流れていた。
「今日はゆっくり出来そうだ」
店主の男はそう呟いて客席に腰掛けた。手に持ったオリジナルブレンドは、まだ飲むには熱い。
「またそうやってくつろいで……開店まで1時間なのよ。雨宿りのお客様がいらっしゃるかもしれないじゃない。掃除、してよ。」
厨房で仕込みをしていた妻が、包丁を片手に持ったまま呆れ顔で男の方へ顔を出す。
「いいじゃないか。喫茶店はゆっくりするところなのだから」
「店主がくつろいでいたらしようがないじゃないの」
それにしても。と、包丁を置き男の方へ歩み寄った妻は、カーテンを開けて外を見ながら言う。
「ひどい天気ね。気が滅入るわ」
一口ちょうだい。と、慣れた手つきで男のカップを口元へ運んだ。
「俺は好きだよ。自然の大きさに圧倒されて、なんだか……現代にいることさえも忘れられるような気がしない?」
男は頬杖をついて窓を見上げた。騒がしい雨粒が喫茶店の外のバケツやら何やらに当たっていた。外はさながら演奏会だ。
妻はカップを置くとふうっと息をついた。
「そう。でも、私には少し苦すぎるみたいだわ……」
そう言いかけて突然彼女は窓に、にゅっと顔を寄せた。近視の彼女の目に、何か映ったようだ。
「ね、ねぇ。あそこ」
彼女が指す方には一人の青年がいた。
無秩序に乱れる雨に、乱れぬ髷。芯の通った立ち姿に古風な袴。青年の切れ長の冴えた目は、雨音から離れたはるか遠くを憂いていた。
喫茶店夫婦の訝しむ視線に気がついたのか、彼はゆっくりと振り向いた。
店主と、青年の視線が交わる。
その腰には、立派な大小がささっていた。
「ねぇ、どうする?」
妻が問うよりも早く、男は店の入り口を開けていた。
『いらっしゃいませ、喫茶東雲へ』
ここまで読んで頂きありがとうございます。
今回は初めてnoteのために1から小説を考えてみました。
こうして物語のかけらを生み出しては日々メモ帳に書いているのですが、一人で楽しむのももったいないかと思って投稿いたしました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
