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この仕事は、何を完成させるためにあるのか

最近、複数の業務を持つようになりました。

その中の一つで、

「とりあえず、ここについて確認してください」

「この点も聞いておいてください」

と、部分的に作業を教えてもらうことがあります。

説明を受けた後に、

「何か質問はありますか」

と聞かれるので、資料を見ながら、

「この構成は、最終的にどうなるのでしょうか」

「ここは指摘した方がいいのではないでしょうか」

と確認します。

すると、

「では、そこもお願いします」

と、そのまま任されることがあります。

ただ、作業を進めていても、いまひとつ内容が頭に入ってきませんでした。

社内独自の進め方もあります。

イレギュラーな案件もあります。

覚えることが増えるほど、業務が複雑に見えてきました。

会議を開いて、必要な確認をするところまではできます。

けれど、会議が終わった後に、

次に何をすればいいのかが、はっきりしませんでした。

これは良くないと思い、いったん仕事の手を止めました。

そして、改めて考えてみました。

そもそも、この業務は何をするためにあるのだろう。

部分的に教えてくれる人は何人もいます。

ただ、全員に余裕がないのかもしれません。

作業のやり方は教えてもらっていても、この業務全体の目的について、最初から説明を受けた記憶がありませんでした。

そこで、これまでに作られた資料や成果物を、もう一度見直しました。

しばらく眺めているうちに、ようやく気づきました。

この業務は、確認すること自体が目的ではありません。

会議を開くことが目的でもありません。

必要な情報を集めて、最終的に成果物を完成させる仕事なのだと思いました。

当たり前のことなのかもしれません。

けれど、私の中では、そこが抜けていました。

何を確認するのか。

誰に聞くのか。

会議で何を話すのか。

そうした一つひとつの作業ばかりを見ていて、その先に何を完成させるのかが見えていませんでした。

成果物を起点に考えると、少しずつ流れが見えてきました。

今ある情報は何か。

足りない情報は何か。

誰に確認する必要があるのか。

どこまで整理すれば、次の工程へ渡せるのか。

そこまで考えると、次にやることも何となくイメージできました。

あとは、自分の理解がずれていないか、誰かに確認すればいい。

ようやく、そこまでたどり着きました。

頭の回転が速い人なら、ここまで立ち止まらなくても理解できるのかもしれません。

ただ、私は、

「なぜ、この作業をするのか」

「何の意味があるのか」

が分からないままだと、途中で思考が止まってしまいます。

たとえば、

「お客様にシステムを売ってきてください」

と言われたら、目的は分かりやすいです。

売るために必要な要件を確認する。

説明に必要な資料を作る。

費用感を整理する。

必要な手続きを確認する。

お客様に伝わる話し方を考える。

目的が見えているので、必要な作業も逆算できます。

今回の業務では、その目的がなかなか見えませんでした。

作業工程だけを追いかけても、正直、あまりピンときませんでした。

けれど、

何を完成させる仕事なのか。

そこまで戻って考えることで、ようやく全体が少し見えた気がします。

まだ、私の理解が的外れな可能性もあります。

それは少し嫌ですが、分からないまま進めるよりはいいと思っています。

明日、自分が考えた業務の目的と進め方が合っているのか、確認してみるつもりです。

仕事の手が止まった時は、細かい作業をさらに調べることも必要です。

ただ、それでも分からない時は、

この仕事は、何を完成させるためにあるのか。

そこまで戻って考えることも必要なのかもしれません。

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